54 大樹のこころを聴かせて
あの日から短いようで長い数日が過ぎて、ある日の朝食どき。縹悟がおもむろに口を開いた。
「最近遠慮してくれているようだけど……今日は、一緒に祈りに行かないか」
青道家のご神木のことだ。縹悟がひとりになれる時間を邪魔しないようにと思って、最近は行かないようにしていた。
「いいの?」
「ああ。むしろ……来てくれると嬉しい」
どこか遠慮がちで、緊張しているような声音。あたしは微笑んで頷いた。
「そういうことなら、行く」
「ありがとう」
そのあとは言葉少なに朝食が進んで、それぞれ一旦自室に引き上げる。
つるばみに着付けてもらいながら、あたしは思わずつるばみに話しかけていた。
「今日、久しぶりに縹悟とご神木に祈りに行くの」
あら、とつるばみの声は明るい。
「仲がよろしくなられて、本当によいことでございます」
「ありがとう」
でも、本当は少し不安だ。あの日の答えが、どう転ぶのか。
「さ、できましたよ。いってらっしゃいませ」
「うん、ありがとう、つるばみ」
ぽん、とお太鼓を叩かれて、あたしは少しだけ元気が出る。つるばみに見送られて、玄関に向かった。
草履を履いて、門の前に停まっている車に乗り込む。
車が発進しても縹悟は黙ったままで、あたしも話しかけるのはためらわれた。
そのまま青道家のご神木の場所まで無言で移動して、縹悟が隠し扉を閉める。そして、そのままご神木を見上げた。
「……君は」
ぽつり、縹悟が頼りない声をこぼす。
「君は、君自身を見てほしい、今を一緒に生きたいと……そう、言ったね」
「……うん」
朝の陽光が眩しくて、縹悟の表情が見えない。あたしは怖くなって縹悟に近付いた。
でも顔を見るのも怖くて、そのまま抱きつく。とくんとくん、少し速い、縹悟の心臓の音。
お願い。あたしを……受け入れて。
「あたしは、縹悟のこころが、知りたい」
「……ああ」
「あなたのこころを、聴かせて」
「…………」
縹悟はそっと、あたしの体を抱きしめ返す。耳元で小さく、でも強い意志を感じる声で囁いた。
「今なら、君自身を大切にできると、今を一緒に生きられると、そう思える」
嘘偽りのない、声。でもあたしはつい確かめたくなってしまう。
「本当、に?」
「ああ。……君が真っ直ぐに私に向き合ってくれたから、私も、前を向こうと、そう思えるんだ」
「……!」
目頭が熱くなる。あたしのしたことは、無駄じゃなかった。たしかに、縹悟の心に、届いていた。
縹悟は体を少し離して、あたしの顔を覗き込む。長い指が、あふれかけた涙をそっとぬぐっていった。
「ちょうどご神木の前だ。ここで誓おう――涼音」
「……はい」
あたしは涙をぐっとこらえる。縹悟の顔を見上げて続きを待った。
「君が私に向き合ってくれたように、私も君に向き合おう。君が私を大切にしてくれたように、私も君を大切にしよう」
「……っ、うん」
また、縹悟の腕の中に包まれる。縹悟の顔が近付いてきて、すぐ目の前で少し困ったような表情になった。
「誓いのキス……は西洋風かな」
「そんなの、関係ないよ」
「それも、そうか」
縹悟は柔らかく微笑んで、そっと唇が重なる。
あたしたちの想いのこもった初めての甘いキスを、大樹が静かに見守っていた。
大樹のこころを聴かせて 梅谷理花 @UmeyaRika
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