19 黄の朝
蘇芳と一週間過ごして、ある程度は彼のひととなりがつかめた気がする。
子供っぽいというか、素直というか。最初に警告された「宗主があたしを孤立させたがっている」というのも、父親の推測を信じ込んでいる様子だった。
悪い人ではないんだろうけど、ちょっと危ういところがあるような気もする。
「それに比べて……」
あたしは廊下で思わず独り言を呟いてため息を吐いた。
今週は晃麒が来ているけれど、彼はなんていうか、正体がわからない。蘇芳が単純だとしたら、晃麒は複雑怪奇だ。
客間のふすまを開ける。と、目の前に晃麒の顔があって、あたしは驚きのあまり固まってしまった。
「涼音おねーさん、おはよ」
「…………おはよう」
にっこり笑った晃麒にあたしはようよう返事をする。晃麒は楽しげに声を上げて笑った。
「あっは、驚いた?」
「……驚いた。ずっと待ち構えてたの?」
「ずっとじゃないよ、3分くらい」
「じゅうぶん長いと思う……」
そんな話をしながら、部屋に入る。座布団がふたつ置いてあって、向かい合って座った。
「ていうかさー、この部屋にひきこもって話すのも飽きてきたよね。里の甘味巡りでもしたいなー」
晃麒が部屋をぐるりと見回しながら頬を軽く膨らませる。
衣替えして布地が透けなくなっても、紋付羽織の下にゆるく着た長着のさらに下から相変わらずマカロンのTシャツが見えている。
それに、これまでの話で甘いものが好きだというのも聞いていた。
「……あんまり、そういう気分じゃない」
「ちぇー。じゃあ涼音おねーさんの質問大会でも開催する?」
「質問が浮かぶほど、あたし晃麒のこともここのことも知らないんだけど……」
「あっは、負のループだね?」
「それは、ほんとうにそう」
うーん、と晃麒は少し考えるようにする。面白いことを思い付いたようにニヤリと笑った。
「じゃあ僕からおねーさんに質問ね。僕はなんの能力を持っているでしょう?」
「えっと……黄道家、だから、味覚の共感覚」
一応基礎知識くらいは覚えようと努力している。汗の味であたしの体調をみている、つるばみも黄道家の人だ。
「半分正解ー。では僕は味覚をなにで感じるでしょう?」
「それは……見た感じだと、わからない」
「あっは! 素直でよろしいけど、不正解ー」
晃麒は口を大きく開けたのを手で隠しながら笑う。なんだかバカにされたような気がしなくもない。
「……そういえば」
「んん?」
「味覚ってことは、毒見の訓練とか……するの?」
素朴な疑問には、晃麒もさっきまでのからかうような表情を少し引っ込めた。
「するよ? もちろん、死なない範囲でね。そもそもの感覚が鋭敏だから、ダメージがない量でも練習すればちゃんとわかる」
「する、んだ」
いくらダメージがない量とはいったって、毒とわかって食べるのは、勇気がいりそうだ。
「将来それで食っていかないといけないわけだからねー。僕みたいに当主家の血を持ってると特に能力は強く出るから活かさない手はないし」
「家にも血の濃さがあるんだ」
「あるよー。僕にももう婚約者がいるし。なんか面倒だよね」
「…………」
婚約どころか勝手に結婚を決められた身としては黙るしかない。晃麒はそんなあたしのことを察したのか察していないのかぺろりと舌を出した。
「ま、今週は涼音おねーさんの相手があるから訓練はお休みだけど」
「……そういえば、学校を休んでこっちに来てるってことになるんだ」
「そうそう。でも公休扱いだよ、この里じゃ一族の用事が最優先だからね」
「そう……」
一族の用事が最優先。やっぱりこの里は異質な世界だ。あたしは何度もそれを痛感して、憂鬱な気持ちになるのだった。
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