18 赤の夕
昼食後、あたしと蘇芳はまた客間に戻ってお互いのことをちらほらと話した。
日が暮れかける頃になって、蘇芳はふと黙り込む。あたしは小首を傾げた。
「蘇芳?」
「……宗主様は、たぶん、涼音を孤立させたがってると思う」
「…………」
昼食の会話を思い出して、あたしは黙って続きを待つ。
「おれたち相談役だって、青道家ばかり涼音に関わるのはよくないからって他の家の当主たちが提案しなかったらなかった役職なんだ」
宗主からも似たような話を聞いた。だから無条件に彼らを信じるなって、そう言われたっけ。
あたしにはまだ、誰が信用に値するのか、それがわからない。
蘇芳は少し声を低める。
「これは父上から聞いた話だけど、宗主様は涼音が生まれたという報告を受けてすぐ、婚約を破棄したらしいんだ」
「婚約を、破棄?」
「当主家系列の人間には全員、小さい頃から決められた婚約者がいるんだよ。おれもそうだし、もちろん宗主様だってそうだった」
「でもその人を捨てて、あたしを選んだ……?」
「そういうこと」
あたしはまた、あの言葉を思い出す。『私は君を欲していたんだよ。この18年間、ずっとね』。
この里でいう婚約というのは、おそらく生半可なものではないだろう。あの言葉にそこまでの意味があるなんて、思ってもみなかった。
体の温度が下がるような感覚。いったい、あたしにどうしろっていうの?
蘇芳はあたしの手をそっと握る。それで初めて、あたしは自分が震えていることに気付いた。
「妙に涼音に執着してるようにしか見えないんだよ。本当に不気味なくらい。なに考えてるのかわからない人でもあるし、気をつけたほうがいい」
「…………」
あたしは頷く。気をつけろといったって、すべては彼の意のままに転がされてしまうのだろうから、できることなんて限られているけど。
蘇芳に握られている手から、体温がゆっくり戻ってくる。あたしはひとつ深呼吸した。
「……あたしはまだ、誰のことも信じられない」
「おれのことも?」
「信じたいとは、思うけど。今のあたしにとっては、この里そのものが信用ならないから」
「……それは、わかる」
蘇芳は目を伏せた。優しい青年だと思う。
でも、落ち着いてから彼の言動を思い返してみると、宗主に対して少し敵意を感じるというか、当たりが強い印象もある。
まだ数日かそこらしか関わっていないのだから、蘇芳のことがわからないのは当然だ。……宗主のことも、きっとそう。
なにがあたしにとっての正解なのか。誰を信じて、どう行動するべきなのか。
自分の目で見て、耳で聞いて、確かめていくしかないのだ。
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