02 道壱一族の里
硬い感触と振動を感じて、目が覚めた。
車の後部座席に座らされている。手足に拘束されている感覚があって、視界には残りの座席にぴんと背を伸ばして座っている3人の和服の男。
スモークがかかった窓の外を見ると、もうどこだかまったくわからない山奥の道路を走っているようだった。
――あたし、誘拐、されたんだ。目と口がふさがれていないのは、いいのか悪いのか。体が震え始める。
「っどこ、行くの」
「おや、目が覚めましたか」
そう言ったのはあたしの隣に座っている茶色い和服の男。あたしは身をよじった。
「ねえ」
「道壱一族の里へ向かっています」
今度は運転席の男から素っ気ない返事。道壱一族の里? そんなの、あたし、知らない。
答えがあっただけマシなのかもしれないけど、知らないところに連れていかれる恐怖はぬぐえない。
後ろ手に縛られていて、ドアも開けられない。足首がしっかり固定されていて、これじゃ走れない。絶望的だ。
あたしは目をぎゅっと瞑る。なにもしようがないことが怖い。これが夢だったら、どんなにいいか。
しばらくそうやって車の揺れを感じていたら、ふいに隣に座っている男から声をかけられた。
「着きましたよ。道壱一族の里です」
あたしはおそるおそる目を開けた。窓の外には、古風なたたずまいの家々が並んでいる。
男たちの和服といい、この家たちといい、古めかしい雰囲気だ。
それなのに道路はしっかりコンクリートで舗装されているのが、なんだかちぐはぐな感じがする。
抵抗もできずただ窓の外を眺めていたら、突然現代風の大きな建物が通り過ぎていった。
あれは……学校?
里、という言葉には不似合いな施設だ。かと思ったら、今度は図書館らしき建物が遠くに見える。
母さんからは「道壱一族」という言葉くらいしか聞いたことがなくて、具体的にどんな一族なのかはあまり知らない。
でも、こんな山奥で、仮に学校やなんかを自分たちで運営して生活しているんだとしたら、かなり閉鎖的な一族なんだろうと思う。あ、たぶんあれは役所。
……それにしても、こいつらはよそ者のあたしをどこへやってどうしようというんだろう。態度が変に丁寧なのも気になる。
このままじゃ、怖がっているばかりじゃ、受け身になってしまう。
あたしはひとつ息を吸った。
「……どこに、行くの」
震えそうになる声を抑えて、改めて、訊いてみる。これには隣の男から返答があった。
「宗主の屋敷です」
「宗主の屋敷?」
「一族の長が住まわれているのです」
一族の長なんていう偉そうな人が、あたしみたいな普通の女子高生を誘拐して、いったいなんの用だというのか。
怖いし意味がわからないし、もうどうしたらいいんだろう。
里の奥まで来たらしい車はゆるい坂を上り始める。その先には大きな屋敷が見えた。あれが宗主の屋敷とやらだろう。
車が門の前に停まる。助手席に座っていた青い和服の男が車を出ていって、門の中に入っていく。
少しして、今度は橙色の和服の、女中っぽい人を連れて戻ってきた。
「お外しします」
隣の男にそう言われて、手足の拘束が解かれる。もう彼らの手の内なんだから、あたし程度に抵抗されても問題ないということなんだろう。
運転席から出てきた男がご丁寧にもあたしの側のドアを開けてくれる。あたしはおとなしく外へ出た。
「こちらへ」
女中が優しげに微笑んで門の奥を示す。
「……はい」
もう行くしかない。あたしはおそるおそる彼女のあとについて門をくぐった。
門から屋敷の入り口までの間には、飛び石の通路がある。見回せばいかにも日本庭園といったふうに木々が植えられていた。
通路を通って、屋敷に入る。玄関とその先にある広間みたいな場所だけで、あたしが住んでいたアパートの一室ぶんくらいの広さがあった。
ローファーを脱いで、どんどん奥へ奥へと案内されていく。
通りすがるいくつもの部屋はどこもぴっちりふすまが閉まっていて、なんだか不気味。
一番奥らしいところに着くと、女中は廊下に膝をつく。ちょっとふすまを開けて中に声をかけた。
「お連れいたしました」
「入りなさい。人払いを」
「かしこまりました」
聞こえたのは大人の男の人の声。女中は微笑みを崩さずにふすまの奥を手で示した。
「お入りになってください。宗主様がお待ちです」
……ラスボスって普通最後に出てくるもんじゃない?
もう感覚が麻痺した頭でそんなことを考えつつ、あたしはそっと部屋の中に入った。後ろでふすまが閉まる音が耳に残る。
大宴会でも開けそうな広々とした部屋の奥に、濃い青の和服を着た男がぽつんと座っていた。
「おいで、冬室涼音さん」
「っ……」
逆らいがたい、糸に引っ張られるような声。
あたしは彼の前に用意してあった座布団に操られるように座った。
「私は道壱一族の宗主――いわゆる長だね、それをしている
「呼んだ? 誘拐しておいて、その言いぐさはないんじゃないの」
あたしは相手の調子に呑まれるものかと、縹悟と名乗った男をにらむ。
彼のふちなし眼鏡の奥はほとんど無表情だ。なにを考えているのか、さっぱりわからない。
「乱暴な手段をとったことは申し訳ないけれど、そうでもしないと君を連れて来られなかっただろうから」
「……そこまでして、あたしにいったいなんの用なの」
母さんがひたすら「逃げて」と繰り返していた道壱一族。逆に言えば、それ以外のことをあたしはなにも知らない。
どうして逃げなければいけないのか。どうしてあたしを誘拐してまでここに連れてこようとしたのか。
知るのが怖い気もしたけど、知らないままでいるよりはきっとましだ。
宗主とやらを負けじと見つめ返すと、彼は小さく口角を上げた、気がした。
「なんの用、か。そうだね。順番に説明していくとしよう――」
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