03 血という呪い

 宗主は少し考えるようにしてから改めて口を開いた。


「そもそも、君は母親である桑子そうこさんがこの一族の出身であることを知っているかい?」


 いきなり母さんの名前を出されてドキッとする。そんなこと、知らない。


 首を横に振る。彼はふむ、とあごに手をやった。


「よほど彼女に嫌われたとみえるね、我々は。――桑子さんはね、道壱一族の前宗主の一人娘だったんだよ。彼女が里から逃げ出しさえしなければ、この座は彼女のものだった」


「……え?」


 彼はぽんぽんと自分の座布団を叩く。あたしはいきなり告げられた内容についていけない。


「そもそも、道壱一族というのは五つの特殊能力の家系が寄り集まってできている。それをまとめる宗主家は、すべての家の血を混ぜることで成り立っていた」


「血を、混ぜる?」


「結婚して子をなす、という意味だね。五つの家から一代ごとに順番に宗主へ配偶者を差し出せば、五代ですべての血が混ざるだろう?」


 一つ目の家の人と最初に結婚して、その子供が二つ目の家の人と結婚して……? 想像してみたけど、曖昧な説明でいまいちぴんとこない。


「そう、なるのかな」


「そうなるんだよ。そして、そうやって粛々と血を混ぜてきた宗主家に生まれた桑子さんは、青道家の婚約者を捨てて、君の父親と結婚し、君を産んだ」


 話が自分に飛んできて、心臓が跳ね上がる。目の前にいる宗主の目が暗い。


「我々としては困るんだよ。そういう勝手をして、長がいなくなるのはね。宗主の後見人の順番が青道家だったから今は私が仮に宗主をやっているけれど、これは本来あるべき姿じゃない」


「でも……母さんは、もう死んでる」


 あたしが10歳の頃だから、もうだいぶ前のことだ。あたしの名前まで知っているこいつらが、それを知らないはずはない。


「そうだね。だから、君の番だ」


「ッ」


 ぞわ、と。得体の知れない恐怖に鳥肌が立った。


「半分とはいえ桑子さんの血を引いている君なら、宗主家を再び元の形に戻すことができる」


「どういう……こと……」


 わかってしまったけど、わかりたくなくて、そう口に出していた。


 ああ、でも、聞きたくない。やめて。


 けれど目の前の男は静かに答えを突きつけてくる。


「簡単なことさ。君には私と結婚して子供を産んでもらう。その子には次の家から配偶者をあてがう。そうやっていけば五代先には宗主の血筋が完全なものになるはずだ」


「……そんな、勝手な」


 あたしを道具かなにかと勘違いしているんじゃないか。目の前の男は表情をぴくりとも変えない。


「先に勝手をしたのは桑子さんのほうさ。恨むなら自分の母親を恨むんだね」


「そんなことしない!」


「なら、諦めることだ。君ひとりがどうこうしたって、逃げられることではないからね」


「ひどい……」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、心の中もめちゃくちゃで。あたしは倒れそうになるのをどうにか踏ん張る。


 宗主はふう、と小さく息をついた。


「まだ納得いっていないようだから、ひとつ君がこの話を受け入れざるを得ない話をしようか」


「なに……」


 これ以上あたしを絶望させないでほしい。でも彼は淡々と言葉を続ける。


「君の父親は、交通事故で亡くなっているね」


「そう、だけど」


 信号無視の車にはねられて即死だったと、あとからおじいに聞いた。あたしがまだ小さい……5歳の頃の話だ。


 母さんだけじゃなくて父さんまでこいつらに関係があるっていうの?


 宗主は少しだけうつむいた。


「あれは事故ではない。道壱一族の者が暴走して、桑子さんを奪われた復讐をしようとした結果起こった、故意の事件だったんだよ。長としては恥ずかしいことにね」


「……!」


「過失致死で懲役を終えて帰ってきた本人から聞いたから間違いない。今は一族で厳重に監視しているけれど、第二の彼が出る可能性がないとは言い切れない」


 つまり、もしあたしがこの話を受け入れずに帰ったら、それを逆恨みする奴が出てくるということだ。そして、殺されるのはきっと、あたしじゃなくて――。


「おじいとおばあが、殺されるかもしれない……?」


「可能性がある、という話だね。そういう輩からしたら、結婚できる年齢まで君を育ててくれた彼らはもう用済みだ」


「なんて言い方……」


「私の意見ではない、とは言っておくけど。……受け入れてくれる気に、なったかな」


 頭がくらくらする。あたしは涙が出そうになるのをどうにかこらえて、目の前に座っている宗主を見た。


 父さんが生きていたらこのくらいの歳だろうという見た目の男。この人と、結婚して、子供を産む……?


 ありえない、と否定したいけど、大好きなおじいとおばあの命がかかっているなんて言われて、断れるほど、あたしはこいつらみたいな人でなしじゃなかった。


「……わかり、ました」


 声を絞り出す。それを聞いて宗主は少しだけ目元を和らげた。


「いい判断だ。ではそのように取り計らうとしよう」


「でも、」


「うん?」


 あたしは顔を上げて男の顔をにらみつけた。


「あんたたちみたいな、人を道具扱いする奴らに、あたしは絶対屈しない」


 宗主は一瞬驚いたような顔をして、次にほんのわずか微笑み、いい心構えだ、と呟いた。

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