大樹のこころを聴かせて

梅谷理花

第一章 道壱一族という呪い

01 それは突然に

 8月25日。今日はあたしの18歳の誕生日だ。まだまだセミの鳴く声がうるさいこの時期は、あたしにとって特別なもの。


 ちょうど始業式で友達と会った帰り道。会話の内容を思い出して顔がゆるんでしまう。


『成人して結婚できる年齢になったご感想は?』


『ねえ、それ誕生日の子みんなに訊いてない?』


『だって気になるもーん』


『あたし、結婚は運命の人とするから』


『でたよ、ロマンチスト』


『夢見るのは勝手でしょ!』


 なんだかんだ楽しく祝ってくれて、嬉しかったなあ。


 家に帰れば、一緒に住んでいるおじいとおばあがケーキを用意して待っていてくれるはずで、それも今から心が躍る。


 ……それにしても、結婚できる年齢、かぁ……。


 父さんと母さんは小さい頃に死んでしまったけど、すごくいい夫婦だったと子供心に覚えている。


 あたしもあんなふうに幸せな結婚をしたい。運命の人と出会って、幸せな家庭を築くんだ。


 そんなことを考えながらアパートへの最後の曲がり角を曲がったとき。


 あたしの運命の歯車はみしみしと音を立てて考えもしなかった方向に動き出した。


 ――ぼろいアパートに不似合いな、黒塗りのいかにも高級そうな車が、駐車場に鎮座している。


「……なに、あれ」


 あたしはどこからどう見ても不審なその車を大回りしようと足を横に向けた。それとほぼ同時に、車のドアが開いた。中から和服の男たちが3人出てくる。


 どこから驚いたらいいのかもわからないけど、思わず足を止めてしまったあたしを目がけて、男たちは一直線に歩いてくる。


 青い和服の男が、あたしの正面に立って頭を下げた。


冬室ふゆむろ涼音すずねさんですね」


「……っ」


 こんな男たちに、名前を知られている覚えなんてない。背筋に変な汗がつたう。


 そんなあたしの恐怖など知らないかのように、男は淡々と言葉を続けた。


「『道壱どういつ一族』宗主の命により、貴女をお迎えにあがりました」


 どういつ、いちぞく。


 その名前を聞いた瞬間、母さんの悲痛な声がフラッシュバックした。


『涼音。私の可愛い涼音。どうか道壱一族にだけは捕まらないで。逃げて――』


 母さんが壊れてしまうほどに嫌悪していた、道壱一族。


 ――逃げ、なきゃ。


 あたしは震える足を叱咤して男たちに背を向けて走り出した。慌てるような声が遠くから聞こえてくる。


 こんなおんぼろアパート群、あいつらはきっと道なんてわからないに違いない。


 狭い道を抜けて、走って、とにかく走って。


 あたしはとうとう息が切れて立ち止まった。


「まい、た……?」


 ぜいぜいと熱い息を整える。まだ油断はできない。そうだ、警察に電話して――。


「いたぞ!」


 スマホを取り出そうとしたところにさっきの男の声がして、反射的に来た道を引き返す。でもそっちにも和服の男がいる。


 挟まれた……!


 じりじりと塀に背中を押し付けるように後ずさるけど、効果なんてありはしない。


 とうとうすぐそこまで来た男に両肩を強くつかまれて引っ張られ、男の腕のうちに倒れ込まされてしまった。


 次の瞬間には首の後ろに衝撃があって、あたしの意識はそこで途切れた。

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