15 道壱一族の長
晃麒と鳶雄も帰っていって、あたしは今日教えられたことを自分の部屋でぼんやり整理していた。
五感の共感覚の一族、道壱一族。それぞれの家ごとに五感のうちひとつが優れていて、それを使ってお金持ち相手に商売をしている。
政治家に顔が利くとか言っていたから、きっとあたしの誘拐についてもうまくもみ消されているんだろう。そうじゃなきゃ普通に犯罪だ。
そこまで考えて、あたしは久しぶりに、おじいとおばあのことに思いを馳せた。手紙は届いただろうか。もっとなにか心を慰められることを書けばよかっただろうか。
あたし自身も余裕がなかったから最低限のことしか書けなかったけど、おじいとおばあは相当心配するはずだ。……もう、会えない、けど。
あたしがここにいることが、ふたりの安全に繋がる。だから、あたしはここにいる。
でも、それだけの理由で、あたしは耐えられるんだろうか。
怖くてしかたがなかったあんな夜を、何度も繰り返して、……子供を産んで、育てて。
もっと積極的な、この里にいなければならない理由が、あたしの中には必要なんじゃないか。
でもそんなもの、思いつくわけもなくて。
あたしはもやもやしながら、夕飯の時間を待った。
宗主が出かけていたとかなんとかですっかり夜も更けた20時ごろ、あたしは夕飯に呼ばれた。
いつも食事をする部屋に行くとまだ宗主は来ていないようで、あたしは少しほっとしながらいつもの場所に座る。
「遅くなった」
数分して、宗主が入ってきた。あたしは無言で会釈を返す。
宗主が座ると、彼を先導してきた女中が引き返していった。厨房に到着を知らせに行くのだろう。
少しして、いつものように膳が運ばれてくる。あたしたちはいつものように手を合わせて、箸を手に取った。
「午後の説明はどうだったかな」
宗主は淡々と質問してくる。あたしに興味があるのかないのか、それとも社交辞令か。
「金持ち相手に商売をしてるから、こんな閉鎖的な生活ができるんだね」
「そういうことだね」
「あたしを誘拐したのもお得意先にもみ消してもらったんでしょ」
「その通りだよ」
静かに、あたしの皮肉に相槌を打つ宗主。あたしはなんだかイライラしてきた。
「あたしをさらったのはあんたなんだから、説明を人任せにするのは違うんじゃないの」
「…………」
宗主は少し黙り込む。ほとんど表情がないところに、困ったように眉を下げた。
「じゃあ君は、私と一日中ふたりきりで、私の話を聞きたかったのかな」
「……それは、」
嫌だ、と答えたら負けのような気がしたけど、嫌なものは嫌だ。あたしは言葉に詰まった。
宗主はあたしのそんな様子を追求せず、そのまま食事に戻る。あたしも遅れて料理を口に運ぶことに意識を移した。
……彼なりに、気を遣ったということなんだろうか。でも、相談役っていうのは彼の意図じゃないとも言っていたし……。
そんなことをぐるぐる考えていたら、ふと、
『私は君を欲していたんだよ。この18年間、ずっとね』
ぞわ、と全身に鳥肌が立って、あたしは思わず箸を取り落としてしまう。
「どうした?」
「……なんでも、ない」
宗主の不思議そうな声にぶっきらぼうに返して、あたしはゆっくり、心を落ち着かせながら、箸を拾う。
「なんで、あたしなの」
ぽつりと、言葉が漏れた。宗主は続きを待っている。
「宗主家の能力なんて、なにもない。ただ血が半分入っているだけのあたしを、なんで」
「……それはまだ、言うべきときではない、とだけ言っておこうか」
「…………」
あたしは宗主の言葉に黙るしかない。まだ言うべきときではない、か。
いつかあたしがこの里に馴染んで、それが自然になったとき、ようやく教えてもらえるのだろうか。
だったらあたしは偽りでも、この里に馴染む努力をしよう。どうしてあたしなのか、納得のいく答えが、宗主からもらえるまで。
幸か不幸か、彼はあたしが彼のことを大嫌いなのを自覚しているようだし、相談役の青年たちは今のところあたしに対して好意的だ。
なんであたしなのか。それを知るためなら、ちょっとくらい努力してもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、夕飯の時間が過ぎていった。
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