16 赤の朝

 数日後。今朝もつるばみがいつものようにあたしの手に口付けて寝起きの体調をみる。


「本日もご健康なようでよろしいですね」


「ほんと、嫌になるくらい健康」


「そんなことおっしゃらず。今日は蘇芳様がいらっしゃるのでしょう?」


 今日からは一週間ずつ相談役の青年たちがひとりひとりやってくることになっている。あたしは頷いた。


「どんなこと話せばいいか……わからないけど」


「蘇芳様は人当たりがよくていらっしゃいますから、きっと大丈夫ですよ」


「そう、かな」


 つるばみはそうやって話しながらもあたしの着付けをさくさくと済ませていく。あたしも邪魔をしない程度に体の位置を動かした。


 まずは朝食だ。あたりさわりない程度に、さっさと終わらせてしまおう。




 特に目立った会話もなく朝食が終わる。あたしは一度自室で着物のちょっとした崩れを直してもらってから客間に向かった。


「よ。涼音、おはよ」


 待っていた蘇芳に軽く挨拶をされて、あたしはふと、二年半を過ごした高校のことを思い出した。


 みんな、あたしが突然いなくなって、どう思っているんだろう。


 あたしは焦がれるような懐かしさを感じて、入り口で立ち止まってしまう。蘇芳が首を傾げた。


「どうかした?」


「……なんでも、ない。おはよう」


 あたしは部屋に入って用意されていた座布団に座る。さて、今日はどんな話をするのか。


 少しの沈黙ののち、うーん、と蘇芳がうなった。


「やっぱこういうのは仲良くなるところからっしょ、と思ったけど、改めて人と仲良くなろうと思うと難しいな?」


「そうかな」


「おれが里育ちってのもあるかも。生まれたときから人間関係固定されてるっていうか、外だともっと流動的なんだろ?」


 あたしはまた高校のことを思い出す。友達作りって、何回やっても難しかった。


「そう、だね。あたしは中学から少し遠い高校に行ったから、中学からの友達が少なくて大変だったかな」


「へええ。そういうときってさ、どんな話するの?」


 蘇芳の瞳が好奇心で輝いて見える。あたしは少し戸惑いながらも記憶を探った。


「どんな話って……趣味とか?」


「趣味。趣味かあ」


 蘇芳はふむふむと頷いて、両手を握ったり開いたりする。


「赤道家は触覚の共感覚だからなのか、裁縫とか編み物とか、紙の本を読んだりとか、手を使う趣味をやってる人が多いんだよな」


「へえ」


「おれはけっこうなんでもやるよ。しいて言うなら裁縫かな」


「意外」


 思った通りに口に出すと、蘇芳はにやりと笑った。


「へへ、いいだろ。あとはー、紙の本も読むっちゃ読むけど、内容より紙質のほうが気になって頭に入ってこないんだよな」


「紙質って……ちょっと、面白い」


「だろ? 自分でも笑っちゃうもん」


 蘇芳は照れくさそうに笑う。よく笑う青年だ、と思った。人当たりがいい、とつるばみに評されるのもわかる気がする。


「で、涼音の趣味は?」


「音楽を聴くこと……かな。あと、バトミントンもけっこう好き」


「バトミントン! けっこうアクティブなんだ?」


 アクティブ、かどうかはさておき、そこそこ運動は得意な方だ。


「まあ……バドミントン部に入ってたっていうくらいだけど」


「へえ、バドミントン部ならうちの里の高校にもあるぞ」


 あたしは驚いて蘇芳の顔をまじまじと見つめてしまった。


「高校もあるの、この里」


「高校まで、だけど。まああれだな、秘密が守れる歳まで、ってやつかな」


「へえ……」


 つくづく摩訶不思議な里だ。あたしがしみじみしていると、ふと蘇芳が難しい顔をした。


「涼音のお母さん……桑子さんは、たしか大学に行くって言って里を出て、そのまま行方をくらましたんだよ」


「え……」


 突然母さんの話題を出されて動揺する。蘇芳はそんなあたしに気付かず言葉を続けた。


「だから最近は、よっぽど専門職を目指すとかじゃなければ、大学進学はあんま歓迎されないな」


「……そう」


 そのあとも蘇芳と他愛ない話をしたけど、あたしの知らない昔の母さんがちらついて、あまり頭に入ってこなかった。

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