31 縹悟と大樹

 翌日。あたしは縹悟がいつもなにをしているのか知りたくて、縹悟の部屋へと屋敷の廊下を歩いていた。せっかく来てくれている蘇芳には悪いけど、気になるものは気になるのだ。


 すると、どこかへ出かけるらしい縹悟と出くわす。お互い驚いて、足を止めてしまった。


「どこか、行くの?」


 先に口を開いたのはあたし。縹悟はさらに驚いたように目を瞬かせてから、軽く頷いた。


「どこというわけでもないが、そうだね。……興味があるなら、ついてくるかい?」


「……行く」


 あたしは少し考えてから頷いた。迷惑だったら、こんなふうには言わないだろう。


 縹悟は歩き出す。あたしは後ろをついて歩いて、玄関で草履を履いた。玄関を出た門の前には、すでに車が待機していた。


 後部座席に並んで乗り込んで、運転手が振り返った。


「お連れになるのでよろしいのですか」


「ああ。彼女も我々の血を引く人間だ。怒りには触れないだろう」


「かしこまりました」


 ……怒り? なんだか不穏な言葉が聞こえたけど、車内の空気は張りつめていて、余計な口を挟める雰囲気じゃない。


 そのまま車は発進する。中央通りをしばらく行って、右折。この方角は……。


「青領……?」


 あたしが思わず呟くと、縹悟が感心したように口を開く。


「詳しいね」


「……昨日、蘇芳たちに案内してもらったから」


「そうか」


 それきり会話は途切れてしまう。車は病院の横をあっさりと通り過ぎて、青領の奥へと進んでいく。


 着いたのは、婚姻の儀で来たことがある、青道家当主の住んでいる屋敷だった。


 車から降りて、縹悟は普通に屋敷に入っていく。あたしはちょっと気おくれしたけど、ここで縹悟を見失っては困るので、慌ててあとをついていった。


 縹悟はすれ違う女中に挨拶をしたりしながら廊下を進む。よく見ると、宗主屋敷とだいたい造りが同じだ。


 そして、宗主屋敷では政治家との密会用の隠し扉がある位置に着くと、縹悟はこんこん、と壁を叩き出す。ここにも、隠し扉があるのか。


 少しして、きぃ、と音を立てて隠し扉が開く。縹悟の背丈より少し低いその扉をくぐりながら、縹悟はあたしを手招きした。


「おいで」


「……はい」


 あたしの頭すれすれくらいの扉。それをくぐると、陽の光が一瞬目をちかちかさせる。


 くらんだ目を瞬かせて目の前を見ると――そこには、何百年もの時を積み重ねてきたのであろう、大樹があった。


 古びたしめ縄が幹に巻かれていて、秋でも青々と繁る枝は屋敷の屋根を大きく飛び越える高さだ。


「――青道家の青は、木の元素を表す」


 あたしの隣で木を見上げている縹悟の声が、厳粛な響きを帯びる。


「だから、こうやって屋敷の中央にご神木を祀っているのだそうだよ。他の家がどうなのか具体的には知らないが、やはりなにかを祀っているという話は聞く」


「……そう、なんだ」


「私は、今は仮に宗主をやっているが、青道家の人間だからね。いつもここで、一族の安寧を祈ってから仕事をすることにしている」


「そう……」


 縹悟は横目であたしをちらりと見た。あたしはといえば、大樹の威容に圧倒されるばかりだ。


「よければ、君も一緒に祈ってくれないか」


「……わかった」


 ふたりそろって、大樹に手を合わせる。


 少しそうして、そっと目を開けて縹悟の顔を覗き見ると、そこには真摯に祈る表情があった。


 一族のことを思っているというその言葉に、嘘はないのだろう。

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