32 縹悟の仕事

 あの日からというもの、あたしと縹悟は毎朝一緒に青道家のご神木に祈りに行くようになった。といっても、会話らしい会話はほとんどないけど。


 今日も青道家から宗主屋敷に帰ってきた廊下。あたしは縹悟をふりあおぐ。


「今日は出かけたりするの?」


「今日は書類仕事が溜まっているからね。ずっと自室にいるよ」


「そう……」


 縹悟の仕事、か。最近少し興味が湧いてきたところだ。一族をまとめる、なんて、簡単に言うけどどんな仕事をしているんだろう。


 縹悟は、じゃあ昼時に、と言って立ち去ってしまう。あたしも気を取り直して蘇芳が来ているだろう客間に向かった。


「よ、涼音」


「おはよう」


 相変わらず蘇芳の笑顔は無邪気で、表情の薄い縹悟の顔を見た後だとなんだか安心する。


「蘇芳、相談なんだけど」


 あたしは座布団に座りながら切り出す。蘇芳は身を乗り出した。


「お、相談役だけに相談だな」


「ジョークのつもりはなかったんだけど……。その、宗主の仕事って、どんなのか知ってる?」


「んー」


 蘇芳は腕組みをする。少し考えてから、口を開いた。


「家の当主の仕事ならなんとなくわかるけどな。降りてきた仕事を誰に分担するか決めたり……ってことは宗主様はそもそもの仕事の割り振りとかをしてるのかも」


「ああ……」


 政治家とか富豪とかから仕事が入るんだっけ。あたしは思い出しながら頷いた。


「ていうかそんなに興味があるなら見せてもらえばいいんじゃね? おれも興味あるし」


「それは、一理ある」


「だろ? 宗主様は部屋か?」


「うん。今日はずっと自室にいるって」


「じゃあ決まりだな。行ってみようぜ」


 蘇芳はさっと立ち上がってあたしに手を差し出す。あたしは蘇芳の手を借りて立ち上がった。


 ふたりで縹悟の部屋に向かう。あたしはふすまの前で思い切って声をかけた。


「縹悟。あたし……涼音だけど。ちょっといい?」


 ふすまが開くまで少し間があった。静かに開いたふすまの向こうで、縹悟が驚いたような顔をしている。


「どうかしたかい?」


「涼音が、宗主様の仕事に興味があるって。おれも気になるので付き添いに」


 蘇芳が言い添えると、縹悟はふちなし眼鏡の奥で目を瞬かせる。少し考えるようにしたあと、ゆっくり口を開いた。


「……まあ、君になら、見られてもいいだろう。蘇芳は駄目だよ」


「そうだと思いましたよーっと。じゃ、おれはここまでということで」


 蘇芳はあたしにひらっと手を振って立ち去っていく。ぽつんと残されたあたしに、縹悟は不思議そうな声を投げかけた。


「君は……私のことが嫌いなんだと思っていたけど」


 あたしは縹悟の瞳を見つめ返す。


「好き嫌いと興味は別。一緒に暮らしている人がなにをしているのか、気になってもおかしくないでしょ」


 縹悟はあたしの視線に耐え切れないというように少し目を伏せた。


「それも、そうだね」


 縹悟は手であたしを室内にうながす。あたしはお邪魔します、と呟いて、縹悟の部屋に入った。


 座椅子と書類の広げられた大きな机がある。あと本棚。本というよりは資料を詰め込んであるように見える。


 布団はたぶん夜だけ女中に敷いてもらうのだろう、今は畳しか見えない。


「この部屋に人を入れることは滅多にないが……座布団くらいは余分にあったはずだ」


 縹悟が押し入れを開けて座布団を探し始めたので、あたしは驚いてしまった。


「お邪魔したのはあたしだし、気にしないで」


「そういうわけにもいかないだろう。……ああ、あった」


 案外早く見つかったらしく、あたしはほっとする。座布団を受け取って、適当な場所に腰を下ろした。


 縹悟はそれを見守って、机の前の座椅子に座る。


「……仕事といっても、今日は地味なことしかしないよ」


「それでもいいから。……その、気になるとは思うけど、気にしないで、続けて」


「わかった」


 しばらくぱらぱらと書類をいじっていた縹悟だったけど、ある瞬間、すっと集中に入った気配が感じられた。あたしは息を殺してそれを見つめる。


 真面目な、人なんだなあ。


 あたしはだんだん縹悟のひととなりがわかってくることが、少しだけ嬉しい自分を感じていた。

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