33 縹悟との夜

 また別の日の夜。あたしは寝巻きを持ってきたつるばみに決心して声をかけた。


「あの……つるばみ」


「なんでしょう?」


 つるばみは優しく微笑む。それに勇気づけられて、言葉を続けた。


「別に、そういう日じゃなくても、……あの人と一緒に寝ることは、できるんでしょ」


 つるばみは驚いたように動きを止めた。あたしがじっと見つめると、そっと頷く。


「でき、ますが……私は涼音様のお体が心配です」


 つい先週倒れたばかりで、こんなことを言い出すのは、たしかに心配かもしれない。


 でも、今のあたしは、心構えが違うのだ。


「体の調子がどうなるのかは、やってみないとわからないけど。……あたしは、宗主……縹悟のことが知りたいんだ。それにいちばんいいのは、たぶん、これだから」


「…………」


 つるばみは黙り込む。しばらくして、こくりと頷いた。


「涼音様がそこまでおっしゃるなら。……先触れを出してまいります」


 つるばみは寝巻きを置いて、部屋を出ていく。いろいろ手続きが必要なことだったかもしれない。


 あたしはどうにかこうにかひとりで寝巻きを着て、座布団に座ってつるばみが帰ってくるのを待った。


 今まで、縹悟が本音を出したのは、あたしとふたりきりのときだった。手っ取り早くふたりきりになれるのは、これが妥当だと思う。


 ……まだ、まったく怖くない、とは、言えないけど。でも前よりはどんな人なのかわかっているぶん、多少怖さは軽くなっている気がした。


 しばらくして、つるばみが帰ってくる。


「……ご案内いたします。本当によろしいのですか」


「うん。ありがとう、つるばみ」


 先週倒れたときも、最初に倒れたときも、いちばん世話をしてくれたのは、つるばみだった。心配してもらえるぶん、勇気も出るというものだ。


 案内されたのは縹悟の自室だった。あの小屋の準備は間に合わなかったらしい。


「それでは、私はこれで」


「ありがとう」


 つるばみが廊下の向こうに行ったのを確認してから、あたしは部屋の中に声をかける。


「縹悟……あたしだけど」


「……入りなさい」


 抑えめな声が聞こえて、あたしはふすまを開ける。この間見たのとは違って、机が脇に寄せてあって、大きめの布団が敷かれている。


 寝巻きで布団の上にあぐらをかいている縹悟の隣に座ると、縹悟はあたしをじっと見下ろしてきた。


「……どんな心境の変化だい?」


「……縹悟の本音が、知りたくて」


 眼鏡を外している縹悟の瞳を見つめ返すと、複雑な色に揺れているように見える。


「本音、か。……少なくとも今は、戸惑っているよ」


「あたしが急にこんなことを言い出したから?」


「そう、だね。欲する気持ちと、欲されて嬉しいという気持ちは、どうやら別物のようだ」


 縹悟の腕が、あたしの肩を抱く。あたしはされるがままに縹悟の胸に頭を預けた。


 心臓がとんでもなく跳ねているのは、恐怖か緊張か、それとも別のなにかなのかは、わからない。


 大きな手が、珍しく壊れものを扱うように、あたしの頬を撫でていった。

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