40 趣味と縹悟

 ある日の蘇芳と縹悟との昼食どき。あたしはふと、だいぶ前に蘇芳と趣味の話をしたことを思い出した。


 それなりに一緒にいるけど、縹悟が趣味らしい趣味をしているところは見たことがない。まあ、食事のときかお祈りに行くときか、それくらいしか一緒にいないからだけど。


 これは、話題になるんじゃないだろうか。ちょうど食べていた煮物をこくんと飲み込んで、あたしは口を開く。


「そういえばあたし、縹悟の趣味、知らない」


 はた、とふたりは箸を止める。縹悟が驚いたようにふちなし眼鏡の奥の目を瞬かせた。


「……そんなに、私に興味があるのかい?」


「まあ、そう」


 なるほど、と蘇芳がぽんとひとつ手を打った。最近は蘇芳の縹悟への当たりは強くなくなった。


「涼音は宗主様とお友達から始めたいんじゃないですか。おれともそういう話したもんな」


「そういう、こと」


「そうか」


 縹悟の声は相変わらず単調だけど、そこに少し楽しげな色が混ざる。


「趣味、か。仕事ばかりしているから趣味というほどの趣味はないが、そうだね。この里は自然が豊かだから、眺めていて飽きはしないよ」


「へえ……」


 自然を眺めるのが趣味、か。もう散ってしまったけれど、たしかに紅葉もきれいだった。


 あたしが感嘆の声を漏らしたら、蘇芳があ、と声を上げた。


「そっか、宗主様って視覚の共感覚だから」


 縹悟は少し驚いたようにしたけれど、すぐに小さく微笑んだ。


「それも一理あるだろうね。たしかに、なにかを見ることに関しては、興味もこだわりもあるほうだよ」


「なるほど」


 あたしはやっぱり感心するばかりだ。そういえば蘇芳も触覚が鋭いから裁縫が好きだと言っていたっけ。


 縹悟への興味がむくむくと顔を出して、あたしは箸を下ろした。


「好きな季節とか、あるの?」


「季節か……どの季節も違ったよさがあるから選びがたいが、強いて言うなら春かな。花の色鮮やかなさまは見ていて気持ちがいい」


「それは、あたしもちょっとわかる気がする」


 春、か。まだ先の話だけど、この里の春はどんな風景なんだろう。


 そしてその風景は、縹悟にどんなふうに感じられるんだろう。


 ひとしきり想像をたくましくしたところで、次の言葉を続けるのには少しだけ勇気がいった。


「縹悟は、あたしの趣味……興味ある?」


 縹悟は思っていたよりも優しげに微笑む。


「ない、と答えるほど薄情じゃないさ。話してごらん」


 蘇芳がなにやら突然むせる。あたしと縹悟はそろって蘇芳のほうを向いた。


「そりゃないですよ宗主様。そこはもっとフレンドリーにいかないと」


「……すまない」


 縹悟が蘇芳の言葉に困ったように謝る。あたしは首を横に振った。


「別に、気にしてない。……あたしは、音楽を聴くのが好き」


 ほう、と縹悟は興味深げに呟く。


「聴覚の素質が無意識にあったのかもしれないね」


「それは、わかんないけど」


 だって気付いた頃には音楽が好きだったし。でももしかしたらそれもあるのかもしれない。


 蘇芳がちょっと身を乗り出した。


「あと、バドミントン部に入ってたんだよな」


「詳しいね、蘇芳」


 縹悟の言葉に蘇芳は照れたように頭をかく。


「へへ、涼音とだてに友達やってないですよ」


「そこまで上手いわけじゃないんだけど、バドミントン」


「どうかなー」


「ええ?」


 そんなこんなで、和やかに雑談しながら昼食の時間が過ぎていった。

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