39 聴こえるこころ

 さらに次の週、時々鳶雄にコツを教わったりしながら、あたしは能力の訓練を続けていた。


 相談役は週ごとじゃなくてその日に都合がいい人が来るようになって、今日は晃麒が久しぶりに来ている。


「それじゃ涼音おねーさん、僕の今の気持ちを当ててみてください」


 晃麒の声は鮮やかな黄色で、鼻がつんとする。


「晃麒は、もとの性格がわかりにくいから……」


「えー、そんなこと言わないでよー」


 黄色が少し陰りを帯びる。


 同じ音のように感じられても些細な変化があることに、最近ようやく気付けるようになってきたところだ。


「今は残念な気持ちになった」


「いやいや、誘導尋問でしょ」


 晃麒が苦笑する。あたしもちょっと笑ってしまった。


「まあいーや。そういやその後宗主サマとはどうなの?」


「あまり変化はなし、かな……。最近忙しいみたいで食事も別なことが多いし」


「ふーん」


 訊いておいてあまり興味なさそうに相槌を打つ晃麒。あたしは縹悟のことを考えた。


 あたしの能力が本格的に育ってきていることで、きっと一族の中でいろいろあるのだろう。昼食どころか夕飯も一緒に食べられない日が続いていた。


 朝食と、朝にご神木を訪ねるのだけは、欠かさず一緒にしているけど、会話は少なめだ。


 もっといろいろ、話とかできたらいいんだけど。




 意外とそのタイミングは早く訪れた。晃麒が帰った夜、久しぶりに縹悟と一緒に夕飯を食べることになったのだ。


 いつもの席に座って、縹悟が来るのを待つ。少しして、ふすまを開けて縹悟が入ってきた。


「こうして夕飯を囲むのは、久しぶりだね」


「うん」


 縹悟が席に落ち着いたあたりで、膳が運ばれてくる。あたしたちは手を合わせて挨拶をして箸を手に取った。


「その後、能力の調子はどうかな」


「相変わらず成長速度が速いって言われる。今日は晃麒と感情を聴く練習をしてた」


「たしかに、この短期間でそこまでくるのはすごいことだね」


「やっぱり、宗主家の血が入ってるから、なのかな」


「そればかりは、誰にもわからないね」


 ぽつりぽつりと、会話を交わす。ふたりきりのときにんじんを受け取るのは毎食の恒例になった。


「縹悟は、最近忙しいみたいだけど」


「ああ……まあね。各家の主張を整理して、説得して。まだ君は宗主になるには能力も不安定だし歳も若いからね」


「やっぱり……将来的には、あたしが宗主になるの?」


「正直に言ってしまえば、名目上の宗主、というかたちになるだろうね。ほとんどの仕事は今まで通り私が代わりにやるよ」


「……そう」


 淡々と話すイメージの強かった、縹悟の口調。感じるのは、深い青色と、ひやりとした感触。


 ……そして、あたしと話すときはいつも、どこか哀しそうな感じがするのだ。


 そのわけを訊いていいものか判断がつかなくて、あたしは縹悟の残したにんじんが入った小鉢に視線を落とした。


 まだ、近いようでいて、遠い。どうやって近付いたらいいんだろう。

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