36 ひとつの変化

 ぽちゃん。


 小屋に入ってからずいぶん経った。そろそろ飴もなくなってしまう。


 強い刺激を与えられ続けて疲れてしまったのか、視界はぼんやりするしもうお香の香りもわからないし、飴の味も布の手触りも曖昧だ。


 ぽちゃん。


 このままなにも起こらずに終わってしまうのだろうか。せっかくのあたしの決意を、無為にして。


 ぽちゃん。


 そういえば他の感覚は鈍くなっているのに、水音だけは鮮やかだ。


 ぽちゃん。


 ふと、鳶雄の言葉を思い出す。『涼音さんに能力が現れるなら聴覚だと思ってる』。


 もしかして、これがその前兆なのだろうか。


 ぽちゃん。


 小さく鳴っているだけなのに体に響いてくるようなその音に、意識を集中してみる。


 ぽちゃん。


 ぽちゃん。


 ぽちゃん。


 ――その瞬間、全身を「音」が駆け巡った。


 耳には水音。目には薄水色の透明な球体。鼻には清涼感のある香り。舌には涼やかな苦味。手には冷たい感触。


「……!」


 あたしは目を見開く。これが、道壱一族の、能力。


 絶え間なくぽちゃん、ぽちゃん、と水音が響いていて、そのたびに全部の感覚が刺激されるのを感じる。


 情報量が尋常じゃない。頭がパンクしそうだ。


「う、あ、あぁぁぁ!」


 思わず悲鳴を上げた声すらも全部の感覚をつんざいて、とうとう頭が許容量を超えた。


 くらりと視界がくらんで、倒れこむ寸前。小屋の扉が開いて大きな手があたしを支えたのを、うっすらと感じながらあたしは意識を手放した。

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