41 理由と縹悟

 その日の夜。あらかじめ伝えておいたからか例の小屋が準備されていて、あたしはつるばみに隠し扉を開けてもらって小屋に向かった。


 さすがにここまで物々しいと、やっぱり緊張する。


 小屋に入ると縹悟はまだ来ていないようで、あたしは布団の上に足を崩して座って彼を待った。


 ――『君が、欲しい』


 夜、縹悟がよく言う、短い言葉。まるで、いくら欲しても、いくら手に入れても、足りないかのような。


 縹悟はそれ以上のことを言わないから、あたしにはその真意がつかめない。


 どうしたら、その渇きは癒えるのだろう。あたしがもっと縹悟のことを知れば、なにか変わるのだろうか。


 そんなことを考えていたら、小屋の扉が開いた。縹悟がゆっくり入ってくる。


「待たせたね。……それにしても、君がこんなに積極的になるとは思っていなくて、どうとらえればいいのか困っているよ」


「素直に、喜べば……いいんじゃないの」


「そう、だね」


 なんとなく気まずい空気が流れる。縹悟はあたしの隣に座った。あたしは決心して、彼を見上げる。


「縹悟は、あたしが必要だって、言ったよね」


「ああ、言ったね」


「あたしが欲しい、とも……言う、よね」


「……ああ」


 少し気圧されたような縹悟に、あたしはたたみかけるように疑問を投げかけた。


「最初は宗主としてあたしを必要としてるのかと思ったけど、本当は、縹悟個人として、あたしのことが欲しいんじゃない?」


「…………」


 縹悟は黙り込む。あたしから目をそらして、うつむいた。


「一族のことを考えていないわけではないが、私情を多分に含むことは、間違いない、ね」


「だったら、どうしてそれをあたしに教えてくれないの」


 縹悟が驚いたようにあたしの顔に視線を戻す。あたしは縹悟の腕をつかんだ。


「縹悟はいつもあたしと話すとき、哀しそうな声をしてる。あたしになにか足りないからだったら、そう言ってほしい。いつも縹悟は抽象的なことばかりあたしに言って、具体的なことをなにも教えてくれない」


「……君は、なにも悪くない」


 想定外にしっかりした声で、縹悟はそれだけ言った。ほら、また、大事なことを教えてくれない。


「じゃあ、なんで」


「悪いのは、私自身だよ。わかっては……いるんだ」


 縹悟は気まずそうに、あたしの手から抜け出してしまう。


「なにがどう、悪いのかは、教えてくれないの」


「……まだ、言えない。いつ言えるようになるのかも、わからないけれど」


「…………」


 あたしはまた、縹悟とのへだたりを感じて、言葉を失う。


 いつもの、哀しい声。嘘をついている気配は感じられない。ただ、言えない、だけ。


 その距離が、どうしても苦しくて、あたしは唇を噛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る