44 相談役の惑い
翌朝。嫌でも練の言葉が頭を何度もよぎって、朝食もそのあとのご神木に祈りに行くのも、全然縹悟の顔が見られなかった。
その様子に気付いていないのか気付かないふりをしてくれたのか、縹悟は何事もなかったかのように廊下を歩いていく。あたしはそれを見送って客間のふすまを開けた。
「涼音おねーさん、おはよー」
今日は晃麒の番らしい。あたしは今日ものんきな晃麒の声に脱力しながら部屋に入ってふすまを閉めた。
「おはよう……」
朝から気疲れがひどい。ぐったりと座布団に座ったあたしを見て、晃麒が小首を傾げる。
「おねーさん、どうかしたの?」
「ちょっと、ね……」
これは軽々しく言っていいものなのか、さすがにわからない。言葉を濁すと、晃麒はふむ、とあごに手をやった。
「そういえば今朝は白領がなんか騒がしかったみたいだけど」
「……!」
あたしは思わず息をのんでしまう。晃麒はいたずらっぽく笑った。
「あれ、おねーさん、心当たりあるの?」
「それは、その……」
晃麒はこういうところが油断ならない。あたしがまごついていると、にやにやしながら甘えるような声で囁いてくる。
「いーじゃん、話しちゃいなよ。黄道家は中立だよ?」
「…………」
あたしは結局観念して、晃麒の言葉に乗ることにした。ひとりで抱え込んでいても辛いだけだ。
「……昨日の夜、練が来たの」
「……へえ、やっぱそんな感じだったんだ」
ある程度は予想していたらしい晃麒も目を見開く。あたしは頷いた。
「それで……縹悟が見ているのはあたしじゃなくて母さんだ、っていう話をされた。あたしが歩み寄っても、意味がないって」
「…………」
晃麒は黙り込む。袂からスマホを取り出した。
「そういう話は、僕ひとりじゃ荷が重いから、練にいのことは隠してあとのふたりも呼ぶよ。大勢の情報があったほうが、たぶんいいと思うし」
「……わかった」
そうして今は3人になった相談役の彼らが集まっても、部屋の空気はちっとも軽くならない。
「誰だか知らんけど、なんでそーゆーキツいこと言うかなあ……」
おおかたの話をし終わって、蘇芳が天井を見上げて呟く。あたしと晃麒は口をつぐんだ。
「おれが知ってるのは、宗主様は涼音が生まれた知らせを受けてすぐ婚約破棄して涼音を連れてくる計画を立てはじめた、ってことくらいだけど。晃麒と鳶雄はなんか思い当たるふしある?」
蘇芳が言うと、晃麒がうーん、とうなった。
「僕はあんまそのへんの事情知らないけど。でも、宗主サマと桑子サンって、少なくとも面識はあったはずだよね?」
そうだね、と淡々と応じたのは鳶雄。
「宗主家と当主家の子供はなにかと一緒にされて育つはずだから、そこは間違いないね」
「あー、そっか。おれたちの場合は宗主家の子供が最初はいなかったからこうなってるのか」
「そうだよ」
そして、と鳶雄は丸眼鏡の奥にある目を伏せた。
「オレは聞いたことがあるんだ。その……宗主様が昔、桑子さんにかなり傾倒していたっていう、噂」
「げ。マジか」
蘇芳の気まずそうな言葉に鳶雄は重々しく頷く。
「それぞれ別の婚約者がいたわけだし、恋愛感情だったかどうかまではその人にはわからなかったようだったけど、わかる人にはわかった、のかもしれない」
といっても、やっぱり推測の域は出ない。あたしたちは4人そろってため息を吐いた。
「みんな、ありがとう。……やっぱり今夜にでも、縹悟本人に訊いてみる」
「怖く、ない?」
鳶雄の気遣う言葉に、あたしは曖昧に微笑みを作った。
「怖くないといったら、嘘になるけど。よくわからないままでいるほうが、落ち着かないし」
「そっか」
蘇芳が赤い羽織の下、胸元をとんとんと叩いた。
「ま、辛かったらおれの胸に飛び込んでこいよ!」
「僕も歓迎だよ、おねーさん」
「キミたちって空気が読めるのか読めないのかわからないよね……」
晃麒と鳶雄が続けた言葉に、あたしはちょっと心が軽くなる。
「ありがとう、3人とも」
最初は信用していいのかすらわからなかった彼らだけど、今はこんなに心強い。
それが、少し嬉しかった。
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