第二章 相談役という鎖
13 道壱一族の能力
顔合わせの翌々日。今日は早速、相談役になった彼らがあたしに道壱一族のことを説明してくれるらしい。
あたしは宗主との味気ない朝食をさっさと切り上げて部屋に戻った。つるばみがこの間着たのと似た薄紫の小紋を用意していて、それに着替える。
あたしに今足りないのは、たぶん知識だ。だから思ったより期待している自分がいた。
つるばみに言われた客間に行くと、なにやら和室に似合わないホワイトボードなんてものを置いて、蘇芳と練が待ち構えていた。
「お、涼音おはよう」
「おはようございます、涼音様」
「おはよう……ございます」
意外と大ごとだった。あたしは緊張しながら用意してあった座布団に座る。
「ホワイトボードなんて、あったんだ」
「たまに使うので蔵に置いてあるそうですよ。運ぶのに難儀しました」
「タイヤに土ついたら困るからなー」
「わざわざ、どうも」
いえ、と微笑む練の笑顔は穏やかだ。蘇芳も人懐こい笑顔をしている。
……いつも無表情の宗主より、よっぽど好感が持てるんだけど。
「さて、ではまず我々の特殊能力についてご説明いたしましょうか」
練がそう言うと、場の空気が引き締まる。あたしはよろしくお願いします、と呟いた。
「まず、我々の能力というのは鋭敏な五感の感受性とその受け取り方に特殊性があるのが特徴です」
練はホワイトボードの端に「鋭敏な感受性」と書く。蘇芳が首を傾げた。
「なんだっけ、最近の言い方でえっと、そうだ『共感覚』」
「共感覚?」
言葉は聞いたことがあるような気はするけど、具体的にどんなものかあまり知らない。おうむ返しに訊ねると、練が「共感覚」とホワイトボードに書き足しながら答えてくれた。
「ひとつの刺激についてふたつ以上の感覚でそれを知覚するという状態のことですね。我々一族は能力の強弱はあれど、全員なにかしらの共感覚を持っています」
「例えばおれは触ったものに味がする。触覚と味覚がくっついてるんだ」
「……不思議な感じ」
蘇芳と初めて握手をしたとき、彼が舌を出したのを思い出す。あたしの手が変な味でもしたのだろうか。
そのあと羽根のネックレスを撫でていたのは口をすすぐ……みたいな意図があったのかもしれない。わからないけど。
練は四角い眼鏡を押し上げる。
「俺は嗅いだものが色や形として感じられる体質です。嗅覚と視覚ですね。この眼鏡は伊達なんですが、あるとスクリーンのように感じられて感覚が研ぎ澄まされるのでつけています」
「へえ」
つくづく不思議だ。あたしとはまったく違うように世界が感じられているんだろう。
「共感覚を抜きにしても我々一族の感覚は鋭敏で、たとえば黒道家の人間は隣の部屋の囁き声でも聞こえるとか」
「……すごい」
「ああ、そうだ。涼音様は『五行思想』はご存知ですか?」
突然話題が変わってあたしは首を傾げる。五行思想。物語とかに出てくることがあるからうっすら知ってはいるけど、詳しくはない。
「木・火・土・金・水、のやつ、ということくらいなら」
練は手慣れた様子で「木・火・土・金・水」とホワイトボードに書き込んでいく。
「まずはそこから始めましょう。五行思想は、万物はこの五つの元素から成る、という思想です。つまり、なにごともこの五つに分類できる、というわけですね」
蘇芳があとを引き継ぐように話し始めた。
「道壱一族も五行思想にいろいろのっとってるんだ。たとえば、五つの家があるだろ? 木・火・土・金・水の順に、青道家、赤道家、黄道家、白道家、黒道家」
練は蘇芳に合わせて、さっきの五元素の下に家の名前を書き込んでいく。
「で、その家がなにでわかれているのかというと、共感覚のトリガーになる感覚でわけてるんだよな。青道家が視覚、赤道家が触覚、黄道家が味覚、白道家が嗅覚、黒道家が聴覚」
練がさらに下に五感の名前を書いていった。……すぐには覚えられそうにない。
「たまに家の感覚と違う共感覚の子供が生まれることもあるけど、そういうときは養子に出すって聞く。たとえば赤道家に嗅覚の共感覚の子供が生まれたら白道家に移すとか」
「そこまでするの?」
「家によって、能力の鍛え方が違いますからね。個人個人に合った教育を施すためですよ」
練が水性ペンのキャップを閉めながら言う。……なんだか異次元だ。
「そういえば、宗主家は血を混ぜるって聞いたけど」
「そうですね。それによって宗主にはそれぞれ特別な能力が開花するといいます」
特別な能力、なんて、あたしにも母さんにも覚えがない。母さんは隠していただけなのかもしれないけど、あたしは自覚ゼロだ。
「あたし、そんな力ないけど……血を残して、意味あるのかな」
「…………」
ふたりは黙ってしまう。顔を見合わせて、苦く笑った。
「それは……宗主様が判断なされることですから」
「あの人、なに考えてるかあんまわかんないけどな」
結局は宗主のひとことですべて決まってしまうのか。あたしは不思議な話に浮き上がっていた気持ちが沈むのを感じて、小さくため息を吐いた。
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