24 黒の夕
すっかり鳶雄と話し込んでしまって、夕方。あたしたちは喫茶店を出た。
人通りの多い道を歩いていると、周囲の視線を嫌でも感じる。
「すっごい見られてる気がする……」
「まあ、そうだろうね」
鳶雄は気にしていないどころか笑い含みだ。慣れているんだろうか。
ゆっくり歩く鳶雄の横で少し歩く速度を上げたところで、視界にあたしのほうを見て足を止めた人が映った。
そのままその人はあたしを拝み始めたもんだから、あたしは気が気じゃない。
「ねえ、鳶雄」
「ん? ああ、そういう人もいるだろうね」
「そういうもんなの……?」
「うん」
異次元すぎる。あたしは慣れない草履でなるたけ足を速めた。
しばらく行くと、並木が立つ坂道に入る。この先は宗主屋敷だけだ。
だから人も全然いなくて、あたしはほっとしてようやく歩く速度を緩めた。あたしと並んで歩いていた鳶雄が小さく笑う。
「涼音さんは気にしいだね」
「あれで気にしないのは、ちょっと無理」
「そっか」
鳶雄はあくまで穏やかに笑って、あたしの一歩前に出た。
「――キミにはまだ、『聴こえ』ないのかな」
「え?」
鳶雄はどこか遠くを見やるように顔を少し上向けた。
「遠くの鳥の声、木々のざわめき、風の音。枯葉の割れる音、オレたちの足音、キミの心臓の音」
音として聞こえているのと、きっと鳶雄の言う意味は違うのだろう。あたしは黙って続きを待った。
鳶雄はあたしを振り返る。大気を抱くように両腕を広げて、眩しそうに丸眼鏡の奥の目を細めた。
「すごく、キレイなんだ。独り占めするのが、もったいないくらい」
「そ、う」
鳶雄は坂道を上るのを気にしてか、それともあたしをどこかに誘うようにか、手を差し伸べてくる。
あたしは吸い込まれるようにその手を取った。そのまま、あたしを連れて鳶雄はゆっくり歩く。
「オレはね。涼音さんに能力が現れるなら聴覚だと思ってる」
「どうして?」
「桑子さんのお母上――涼音さんのおばあ様だね。彼女が黒道家の人だったから。キミは黒道家の血を、ほんの少し濃く引いているはずなんだ」
「関係……あるの?」
「あるともいうし、ないともいうね。でもなんとなく、直感で。キミには同類の気配を感じるんだ」
「…………」
共感覚という特殊な力をもった、彼らの世界。あたしにもだんだんつかめてきそうな感じがしてきたところだ。
それが自分に降りかかるとなると……まだ、怖いけど。
あたしたちはさくりさくりと乾いた木の葉を割りながら歩く。
鳶雄はあたしに能力が現れてほしいんだろうか。そんな期待されても困るけど、いつか、そんな日が訪れるのだろうか。
わからないこと、だらけだ。
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