08 晃麒
部屋に戻って、部屋着に着替えて、朝食を食べて。
淡々とこなして、午前中の時間を大きな窓の外の縁側をぼんやり眺めて過ごしていたら、するりとふすまが開いた音が耳に忍び込んできた。
つるばみが入ってくるときはいつも声がかかるはずだけど……?
振り返ると、三分の一くらい開いたふすまから、黄色い和服を着た少年があたしのほうをのぞいている。見たことのない顔だ。
「誰?」
「あ、バレちゃった」
声が重なる。少年は大胆にふすまを開けてあたしの部屋に入ってきた。あたしは体の向きを入り口のほうに変える。
「だから、誰?」
「そう怒らないでよ。僕は黄道
「はあ」
晃麒と名乗った少年はいかにも興味津々といった様子であたしの座っている座布団に近付いてくる。特に気にした様子もなく目の前の畳にあぐらをかいた。
「おねーさん、名前は? 僕が名乗ったからおねーさんも名乗ってよ」
「……涼音」
今のあたしの苗字がなにになっているのか、そういえば聞いていない。だから名前だけ名乗ったわけだけど、晃麒は特に気にした様子はない。
「へえ、可愛い名前じゃん。歳は……18だっけ? つまり僕よりひとつ上かな。誕生日はえっとー、聞いたことあるんだけど忘れちゃった」
ぺらぺら喋る晃麒を近くでよく見てみると、黄色い着物は透け感のある生地でできていて、その下には襦袢じゃなくて黒地にビビッドなマカロンの絵が描いてあるTシャツを着ているのがはだけて見えていた。
あたしの視線に気付いたのか、晃麒は楽しげに笑う。
「あっは、これは
「……食べたことない」
マカロンって地味に高級品だ。貧乏暮らしをしていたあたしが食べたことあるはずがなかった。
「えー、もったいないの。今度宗主サマに買ってもらいなよ。美味しいよ?」
「はあ」
「涼音おねーさん甘いもの好き?」
「好き、だけど」
「なら絶対ハマると思うな。うんうん」
「はあ」
さっきからいろいろ突然すぎる。困惑する声をあげると、晃麒はああ、と手を打った。
「僕さ、噂の『奥方様』に興味があったんだよね。あとで会えるらしいけど、先に会いに来ちゃった」
「『奥方様』……って、もしかして、あたし?」
話が飲み込めなくて聞き返すと、晃麒は首を傾げた。
「そうじゃないの? 宗主サマと結婚したんでしょ?」
……さらっと嫌なことを思い出させないでほしい。悪気はないと思うけど、こっちにもいろいろ事情があるのだ。
「それは、まあ、そう」
「じゃあやっぱり涼音おねーさんが『奥方様』だ」
「はあ」
おくがたさま。ぴんとこない響きだ。そんなに大仰なものになった覚えはないんだけど。
嫌々結婚した相手がたまたま宗主だったってだけで、重荷を負わされるのはなんだか嫌だな……。
そんなことを考えていたら、開けっ放しだったふすまの向こうから声がした。
「お前こんなところにいたのか、晃麒」
晃麒はしまったという顔をして大きく後ろを振り返る。あたしも視線を向けると、灰色の和服を着た青年が部屋の入り口に立っていた。
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