51 あたしを見て
ある日の夕飯どき。今日は中学校の特別授業にお邪魔して、能力を鍛えていた話をしていた。
「ずいぶん精度が上がってきたようだね」
「縹悟くらい淡々と話されると、まだ雰囲気くらいしかわからないけど」
「それはいい訓練材料になれてよかったよ」
「あたしとしては、困ってるんだけど」
ふ、と小さな笑いくらいは起こるようになった。ちょっとの間笑って、縹悟はふと、真剣な表情になる。
「何度でも訊くようだけど――君はこれで、後悔していないのかな」
「してない」
即答。縹悟はふちなし眼鏡の奥で驚いたように目を丸くした。
「あたしは自分の意志で行動してるから。自分の決めたことに、後悔はしない」
言葉を続けると、縹悟はどこか嬉しそうに口角を上げた。
「君は……やっぱり、桑子さんの娘、だね。彼女もきっと、後悔はなかっただろう」
心の底から嬉しそうな声に、しかしあたしの胸はいつになく苦しくなって、突然涙がにじんだ。
やっぱり、この人が好きなのは母さんなんだ。
知っていたのに、覚悟していたのに、あたしの心は悲鳴を上げる。
ああ、いつの間に、こんなにも、目の前のあたしを見てほしいと強く思うようになっていたんだろう。
「あたしは、……あたし。それ以上でも、それ以下でもない」
口に出したら、もっと苦しくなって、とうとう涙がこぼれる。
「君……泣いて、」
縹悟はあの夜一度きり名前を呼んでくれて以降、やっぱり名前を呼んでくれない。
戸惑うような縹悟の声をさえぎって、あたしは立ち上がる。
「今、目の前にいる、あたしを見てよ……!」
ぼろぼろ泣きながらとうとうあたしはそう言い放ってしまう。縹悟が困るのはわかりきっているのに、でももうどうしたらいいのかわからなくて。
あたしは縹悟の反応を見るのが怖くて、そのまま勢いで部屋から飛び出した。
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