23 通話

「やっと終わったー」

 そう言って優輝が大きく体を伸ばした。

 それもそのはずで今日はテスト一日前の日曜日。

 今日は俺の家で優輝と二人でテスト勉強をしていた。

「ここまでよくやったな。これなら本番そこそこの点数が取れると思うぞ」 

「ああ!雅也もここまでよく付き合ってくれたな」

「まあお前が赤点でも取ったもんなら他の二人に合わせる顔がないしな」

「それもそうだな。おれも赤点取ったなんてカッコ悪い報告はしたくない」

 俺たちは先週の土日に四人で勉強会をやってから、以降も男女分かれて勉強に励んでいた。

 時折中川さんと現状を報告し合い、お互いにどんなメニューを組めば二人の学力を効率よく上げられるかを考えたりもした。

 だからこそ中川さんも優輝がどうすれば成績が上がるかを考えてもらった分、結果は出したいという思いが俺の心にはある。

「でもこれだけやったんだ。あとは落ち着いて本番に臨めば、赤点を取ることになんて決してならないと思うぞ。だから自信を持て」

「お前がそこまで言うなんてな。正直かなり不安だったが少しは自信をもってテストに臨めそうだ。ありがとな」

 これは気休めで出た言葉ではなく、俺も優輝に対してできるだけのことはやったという自負があるからこそ出た言葉である。

「じゃあそろそろ帰るわ。テストが終わったら何かお礼させてくれ」

「ああ、期待しとく」

 そう言って優輝は帰っていった。

 帰り際の優輝の様子を見て、俺には優輝がテストでいい点数を取るだろうという謎の確信が生まれた。


 優輝が帰ってから夕食や入浴を済ませ、現在時刻は午後十時を回っている。

 明日行われるテスト科目の最終確認も済ませたため、明日のことも踏まえて少し早いがもう眠りにつくか、それとも読書でもして過ごそうかと考えていると急に携帯の着信音が鳴り出した。

「テスト前日の夜中にいったい誰だろう」

 とは言いつつもこんな夜中に電話をかけてくる相手は限られてくる。

 どうせ優輝とかだろうと考えながら、携帯の画面に映し出された名前を見ると予想外の名前が書かれていた。

 内心驚いてはいたが、とりあえず俺は何も考えずに電話に出た。

「もしもし」

「あっ、も、もしもし。島崎さんですか?」

「そ、そうだよ。何か用かな?さん」

 そう。相手は中川さんだったのだ。

 特に心当たりもないため、一体どんな要件だか全く想像できない。

 それにしても中川さんの声音からは緊張しているのが伝わってくるため、こっちも緊張してしまう。

「い、いえ、特段用という用はないのですが、もしかして忙しかったですか!?それなら電話を切りますが……」

「いやいや、全然大丈夫。俺はこれから読書でもしようと思ってたところだから」

「それは良かったです。それにしてもテスト前日の夜に読書とは……さすがは島崎さん。テスト余裕そうですね」

「余裕ってことはないよ。それを言うなら中川さんこそ、テスト前日の夜に俺に電話をかけているんだから、そっちこそ余裕そうに感じるけどね」

 中川さんは最初こそ少し緊張の含んだ声音だったものの、途中からは俺をからかってくるなど、いつもとは若干雰囲気が異なる気がするが、どこかリラックスしているようにも感じる。

 なので俺もいつもと会話のテンポを変え、からかい返してみた。

「ふふ、あいにく明日のテスト科目に対する勉強はもう終わりました。島崎さんも毎回テストでトップ10に入っているということを考えるともう終わってるんでしょう」

「まあ、一応ね。それはそうとして俺に電話をかけてきたのはどうして?特段用はないといっても少しぐらいはなにかあるでしょ」

「そうですね……このテスト期間がとても充実していたから……ですかね」

「それはこの電話と何か関係あるのか?」

 その動機では俺はよく分からない。

「もちろんですよ。テニスの大会が終わって、成り行きでできた島崎さん、横山さん、和泉さん、そして私を含めた四人グループ。でも私が普通に話せるだけの仲だったのは島崎さんだけで……できた当初はうまくいくなんて到底思えませんでした。でも勉強会で横山さんも和泉さんもとてもいい人だということが分かりました。そして今週は毎日のように和泉さんと一緒に勉強しました。これまで一人でいるのが当たり前だった私の生活がここまで変わったのは、島崎さん、あなたのおかげなんです。だから今日島崎さんに電話したのは感謝の気持ちを伝えたかったんです」

「そっか。なにか中川さんの力になれたのなら良かったよ」

 俺一人で中川さんを変えた、なんてことはおこがまし過ぎて到底そんなことは考えられないが、それでも電話までして感謝を伝えてくれた。

 だからその感謝の気持ちは素直に受け取ろうと思う。

「でも、それが今日島崎さんに電話した理由のすべてではないんです。感謝を伝える、そんなのは後付けでしかないのかもしれません。本当は単純に島崎さんとお話がしたかっただけなんです」

 え……なにその理由。それってつまりは……

 俺はそのことを聞いていろいろな考えが頭の中でぐるぐると回り、返す言葉に詰まった。

「し、島崎さん?急に黙って、私、何か変なこといいましたか?」

 俺が考えていることなんて分かるはずもなく、無邪気に中川さんは戸惑っていた。

「ふふっ、中川さんって平然と大胆なこと言うんだね」

 あまりにも無邪気な中川さんを見て、俺は冷静さを取り戻した。

「えっ、私ってそんなに大胆なこと言いましたかね・・・あっ、ち、違いますよ、さっき言った島崎さんとお話ししたかったというのはあくまでも純粋に思っていることで・・・そ、そういえば横山さんとのテスト勉強は結局どうなりましたか?わ、私はそういうことについて話したかったんですよ」

 中川さんはいつもの冷静沈着なイメージとはほど遠い慌てっぷりである。

「はは、今の中川さんっていつもの中川さんと違っておもしろいね」

「か、からかわないでください」

 今の中川さんは反応の一つ一つが新鮮でなんていうか、とても可愛らしいのだがこれ以上は機嫌を損ねるかもしれないのでこの辺りでやめておく。

「さっきの質問に答えると優輝は少なくても赤点を取るようなことにはならないと思う。俺もやるべきことはすべてやったと思ってるしね。まあこればっかりは優輝次第なんだけどね」

「まあ、そうですよね。でも島崎さんの口ぶりを見ると横山さんは大丈夫そうですね」

 そうだと嬉しいがこればかりは結果が出てみないと分からない。

「和泉さんはどう?途中結構苦戦してるように感じたけど」

「テストは島崎さんの意見のおかげで何とかなりそうです。その節はありがとうございました」

「いやいや、正直この方法は根本的な和泉さんの英語の学力向上にはつながらないからなー」

 和泉さんは英語の単語や文法などの基礎的なところもあまり固まっておらず、かといって英語の基礎は一二週間でどうこうできる問題ではない。

 そこで俺が提案したのは学校の作るテストでは出題される文章が予測できるため、出る可能性のある文章はあらかじめ全て暗記をしておくという方法である。

 そうすれば今回のテストは最低限乗り越えられるという考えである。

「そうだと思い、和泉さんには日頃から英語の単語や文法を勉強しておくように、教材や進め方、勉強方法などを教えておきました」

「さすが中川さんだね。ぬけめがない」

「勉強するのであれば、成績は上がってほしいですしね」

 中川さんの話を聞くに、和泉さんも何とかなりそうだ。

 このまま俺たちは他愛のない会話をしたりしていると時間はあっという間に過ぎ、気づけばそろそろ日付が変わる時刻になっていた。

「気づけばもういい時間ですね。明日はテストですし、そろそろ切り上げたほうがいいでしょう」

「そうだね。じゃあ互い明日から頑張ろうな」

「はい、頑張りましょう」

「じゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 そう言って俺たちの初の通話は終わりを迎えた。

 その後、俺はベッドに横になり今日の中川さんとの会話を思い返していた。

 今夜の中川さんは明らかに普段の中川さんとはテンションが違っていた。

 これが本当の中川さんの姿なのか、それともただの深夜テンションだったのか、はたまた違う理由なのか、それは分からない。

 でも、もっと中川さんのことが純粋に知りたいと思った。

 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。

 


 


 

 



 


 

 


 




 


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