5 卑下のち熱弁
まさかの流れから二人きりで帰ることになってしまったが、そもそも俺は中川さんの家がどこにあるのかを知らない。今までいたここの焼き肉屋は俺たちの通う露原高校の南に位置している。そして俺の家は露原高校よりも北にあるため、つまりは中川さんの家が都合よくここよりも北にない限りは一緒に帰れないというわけだ。
さすがに「一緒に帰ろう」と決めてからすぐに「やっぱり無理だね」となるのは気まずすぎる。
「そ、そういえば中川さんってどこに住んでるの?」
俺は中川さんの家がここから北にあることを心の中で神頼みしつつ、おそるおそる声をかける。
「私は
「俺は
「そうですか。では私のほうが先に家に着きそうですね」
よかった……上原は俺の住む霜ヶ丘の一つ下の地区に位置する。つまり俺たちの帰り道は運よく同じ方向だったというわけだ。
「じゃあ行こうか」
俺の言葉を合図に、俺たちは同じ歩幅で歩きだした。
「それで、今日の打ち上げのほうはどうだった?」
なんとなく今日のことについて尋ねてみた。
「どう、と言われましても……私は先輩との軽い自己紹介の後は、ごはんを食べて島崎さんと話していただけですし」
「まあ確かに……ていうか俺も中川さんと同じようなものだしなぁ」
思い返してみると、中川さんとの会話しか記憶にほとんどなかった。
「でも、私はその、島崎さんとの会話、楽しかったですよ」
それは純粋にうれしい。暗くてあまり表情は見えないが、少し緊張しているのが口調から読み取ることができる。中川さんからしてみれば、俺は多少ほかの人よりかは話すような間柄になったとはいえ、まだほとんど初対面の人と変わらないはず。俺にそういうことを伝えることは極度な人見知りの中川さんからしてみれば、かなり勇気が必要なはずだ。それなのに、きちんと楽しかったと言ってくれた。それが何より嬉しかった。
「ありがとう。俺も中川さんと話して楽しかったよ」
だから俺も本心からそう答えた。
「それはありがとうございます。お世辞でもうれしいです」
「いや、お世辞なんかじゃないよ」
少し強い口調で返した。しかし中川さんは俺の言葉を素直に受け取ってはくれなかった。
「そんなわけないですよ。もしも私との会話がほんとうに楽しかったのであれば、私は今クラスで一人ボッチという有様になってはいないと思うんです」
さっきの緊張気味の口調からは打って変わって、口調が強くなっていた。きっとこれまでの経験が、中川さんの初対面との人の会話に対する自信のなさにつながっているのだろう。だから俺はもう少しだけ、自分の中にある本音を中川さんに話してみようと思った。
「中川さんに声をかけてきたクラスの人たちについて、俺はよくわからない。もしかしたらその人たちは中川さんとの会話がつまらなく感じて話しかけなくなったのかもしれないし、そもそもこの人は会話が通じないのかなと思われただけかもしれない」
「もしかしたら、ではなくその通りですよ。きっとみんなそう思っています」
そう言って中川さんは自嘲気味に笑った。
「でも、俺は少なくともそうは思わない」
「それはどうして?」
心底不思議そうな表情でこちらを見ている。まるで打ち上げの時の俺たちの会話などなかったかのように。
「それは、中川さんは会話が好きだと分かったからだよ」
「意味が分かりません。たとえそれが分かったとして、一体それが私との会話が楽しかったという部分のどこと関係があるのですか」
さらに口調が強くなった。まるで俺が中川さんとの会話が面白いと言ったことを撤回しろと言わんばかりに。しかし、どこか中川さんは俺の答えに期待しているような雰囲気を俺は感じた。
「俺はさ、これまでに中川さんみたいに初対面の人とは話すのが苦手だ、って感じの人と話したことはあったんだ。だけどその時、俺はさっき言った中川さんのクラスメイトのように、こいつとは会話してもつまらない、会話が通じないと思い込んでそれ以降話さないようにしたんだよ」
「それが普通ですよ……」
中川さんの声の覇気が薄れたように感じられた。それでも俺は会話を続ける。
「でも、今回中川さんと話してみてそれは間違いだと気づいた。だって、中川さん、何か質問すればなんなら多いぐらいきちんと答えが返ってくるし、全然会話が通じないなんてことなかった。それに、中川さんの考えていることを話してくれたときは俺だっていろいろと考えることがあって楽しく感じたよ。店を出る前に話した中川さんがお喋りになる相手の条件だってほんとうはかなり気になってたんだからね」
「そ、それは……」
中川さんがその答えについては今でも口ごもっているが、今は俺は話を続けることを優先した。
「とにかく、俺はこれまできちんと相手について知らずに第一印象だけで相手について決めつけてきたことを後悔したっていうこと。俺は中川さんと話してみてもっと知りたいって思ったし、今でも思ってる。中川さんがほんとうに親しくなった人とはどんな接し方になるのかだって気になるよ」
やばい、中川さんがあまりにも自分を卑下していたせいで少し熱く語りすぎた気がする。しかも最後のほうは冷静に考えてみるとかなり恥ずかしいことを言った気がする。これはあれだな。家に帰ったあと、ベッドの上で今の会話を思い出して悶え苦しみながら後悔するやつ。俺は数時間後の自分を想像して億劫になった。
「あ、そういえば、LINE交換しない?」
話をずらそうと思ったが、完全に間違えた気が…
「え、あ、はい。いいですけどどうして急に?」
中川さんも急なお願いに困惑していた。
「いや、ほら、もっと知りたいとか言ったわけだからさ、そうあろうとしようと思ったわけですよ……」
動揺しすぎて途中から自分でも何言ってるのかわからなくなった。
「ふふ、島崎くん。こういう時はもっとビシッと言ったほうがかっこいいと思うよ」
中川さんに笑われたものの、中川さんは快くLINEを交換することに成功した。あれ、ていうか今、島崎くんと呼ばれてしかもさっきまでの敬語口調じゃなかった気が……
「あ、ここを曲がればすぐに私の家なのでここでお別れですね」
気づけば中川さんの住んでいる上原までたどり着いていた。
焼き肉屋からここまでは少なくとも徒歩で30分はかかるため、かなり中川さんとの会話に熱中していたらしい。
「島崎さん。今日はありがとうございました」
そう言って中川さんとは別れた。
しかし俺が帰り道を歩いている時、別れ際に中川さんから感謝されたときに街灯の光のおかげで微かに見えた中川さんの笑顔だけが俺の頭から離れなかった。
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