45 はじまる愛
合宿最終日の朝が訪れ、昨夜俺は栞と約束した通り広場の奥へ時間通りに向かった。
集合時間の五分前には到着するように出たつもりだったが、すでに広場の奥にはベンチに座る栞の姿があった。
「おはよう、待った?」
「おはようございます。いえいえ、今ちょうど来たところですよ。それよりも座ってください」
そう言って栞はベンチの左側を開けるように体をずらした。
「じゃあ遠慮なく」
俺は言われた通り栞の左側に腰を下ろした。
今日も天気は快晴。
木漏れ日と海からくる潮風が俺たちに気持ちのいい空気を送ってくれている。
そんなことを考えつつ、しばらく二人の間に沈黙が続いた。
だが、決して気まずいとかそういう沈黙ではなかった。
しばらくして先に栞が呟くように口を開いた。
「合宿、いろんなことがありましたね」
「だな」
本当にいろんなことがあった。
思い返せば、この先どうすればいいのかと考える場面もあったが、結果としては楽しく全員がいい思い出となった合宿になったのではないだろうか。
「横山さんと結衣さんも結ばれて良かったです」
「ほんとになー。一時はどうなるかと思ったよ」
「ふふっ、そうですね」
俺が安心したような反応をすると、栞もクスリと笑いながらもどこか俺と同じような心情であるということを感じられるような反応を返した。
「それに、俺たちも」
俺はためらいながらも俺たちのことを話すべきだと思い、話題を変えた。
「そういえば、私たちの話をするのは一昨日の夜以来ですね」
「昨日は忙しかったからなー」
昨日は優輝と和泉さんのことで精いっぱいだった。
なので昨日の俺たちはカップルという意識で行動してたというよりかは優輝を手助けする人として行動してたように思う。
「いざ私たちの話ってなるとなんだか恥ずかしいですね。話したいことがたくさんあるはずなのに、実際に会ってみるとなかなか言葉が出ないです」
「めちゃくちゃ分かるなー」
俺は表面上は冷静なように振舞っているが、内心はドキドキで心臓が張り裂けそうだった。
「あ、でも一つだけ聞きたかったことがありました」
「なにかな?」
「どうして私のことを好きになってくれたんですか?正直私が雅也くんを好きになることは至極当然の流れだと思いますが、雅也くんは違う選択肢もあった気がします」
どうして好きになったか……か。
最初はいい感じな動機を考えようとも思ったが、栞は俺の彼女だ。
ならば俺から自然に出てくるの言葉を伝えたほうがいいはずだ。
「正直に言うと最初に栞に惹かれた理由は容姿だったよ。だってかわいかったから」
「あ、ありがとうございます……」
そう言うと栞は顔を赤らめて、お礼を述べた。
「でも実際に好きになった決め手は容姿じゃない。日頃からの栞との会話が楽しく感じたから、ずっと話していたいと思ったから、だから付き合いたいと思ったんだ」
「私は優輝さんや結衣さんと比べると、口数も少ないし、そんなに楽しくないと思いますが……」
納得いかなかったのか、栞は自分を卑下する発言をした。
「そんなことないよ。確かに初めて出会った打ち上げの時は口数が少ないという印象があった。でもどんどん関わっていくうちに変わっていた」
「私、その時に比べてそこまで変わりましたか?」
「変わったさ!だって初めて会ったときはずっとたどたどしかったし。だけど今の俺との会話を振り返ってみて。もうほとんどたどたどしくないはずだよ」
俺の話を聞いて、少しの間栞は黙って考えるような素振りを取った。
そしてしばらくして口を開いた。
「確かに客観的に見てみるとそうかもしれません。もしかすると小学生中学生と全く変わらなかったのでずっと自分に対してそう言った固定観念があったからかもしれませんね」
「きっとそうだよ。だから自信を持ってよ。せめて俺とか優輝、結衣さんと話すときぐらいはさ」
現段階でも初対面の人と話すときはおそらくまだ人見知りしてしまうだろう。
でも最初と比べると栞は大きく変わった。
「分かりました。雅也くんの言葉を信じます!」
そう言って栞は笑顔を見せた。
その笑顔を見ると俺は居ても立っても居られない衝動にかられ、思わず栞を抱きしめた。
「雅也、くん?」
栞は急な出来事でびっくりしたような反応を見せた。
「可愛すぎる栞が悪い」
それを聞くと栞は「ふふっ」と笑って、
「雅也くんって、可愛いところありますね」
と言いながら俺の体に手を回してきた。
そんな時間がしばらく続き、ようやく俺たちはお互いに元の体制に戻った。
「俺はこのひと夏を通して、もっと栞を知りたい。だからこの夏、思う存分遊ぼう。栞がいいのなら、だけど」
もしも拒否されたら、と思うとどうしても弱腰になってしまった。
「もちろんいいに決まってますよ。私も雅也くんのこと、もっと知りたいですし」
「なら決まりだな。遊ぶ日はあとで決めるってことでいいか?」
「ええ、ではそろそろ朝食の時間が近づいてますし、戻りましょうか」
「そうだな」
そして俺たちはベンチから立って宿に向かって歩き出した。
俺たちがこのひと夏にはじまった愛をどう育んでいくのか、それはまだ分からない。
だけどこんなに胸の高鳴りを感じるのは、生まれて初めてかもしれない。
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