44 二人の行く末

「さあ着いたぞ」

 俺は優輝を一昨日栞と見つけた例の海岸の堤防へ連れてきた。

 時刻は午後五時五十五分。

 目的の時間よりは若干早めに着いたが、こういうのは早めに着くに越したことはないだろう。

「ここは……?」

 優輝はそこから辺り一面を見渡した。

 趣を感じる灯台などがあり、さっきみんなが遊んでいた海岸とは違った雰囲気を醸し出している。

 それに、なによりこの時間帯でしか見れない夕焼けの空がある。

「見ての通りだ。綺麗だろ」

「ああ、そうだな」

 どうやら優輝も俺たちと感じることは同じだったようだ。

 だが今日はここでこの景色の感傷に浸っているわけにはいかない。

「じゃあな、優輝」

 俺は唐突にこの場所を離れようとする。

「おい、どこ行くんだ?」

 優輝は当然、俺に質問を飛ばしてくる。

「俺ができるのはここまで。あとはお前次第だ」

「それって……」

 優輝は決して察しの悪い人間じゃない。

 さっきの部屋の中での会話も相まって、この後誰がここに来るのかもなんとなく想像できたのだろう。

「そこにいればもうじき相手が来る。だからまあ、頑張れよ」

 そう言い、俺は優輝から踵を返して離れていく。

「一つだけ教えてくれ!振られたおれに何をしろって……何を話せっていうんだよ!」

 優輝は俺に聞こえるように、大きな声で叫んだ。

 だが俺から優輝にかける言葉は何もない。

 この先の話は当人らの口から話すべきことだ。

 俺は優輝の声が聞こえないふりをして、そのままその場を去った。

 

 砂浜から階段を上って道路に出ると、そこにはちょうど来たであろう栞と和泉さんの姿があった。

「横山さんは?」

 栞は真っ先に優輝について聞いてきた。

「もう着いて待ってるよ」

「そうですか。よかったです」

 そう言って栞は安堵の表情を見せた。

「……島崎くんもわたしのわがままに協力してくれてありがとね」

 栞の後ろからちょこんと和泉さんが顔を出して申し訳なさそうにそう言った。

「ううん、気にしないで。それよりも早く優輝のもとへ行ってあげて」

「うん!」

 そう言って和泉さんは優輝のもとへ向かった。

 和泉さんが見えなくなったところで栞が口を開いた。

「さて、私たちは宿に戻りますか」

「そうだな」

 そう言って俺たちは歩き出した。

「結局のところ二人はうまくいきそうですか?」

「優輝に確認したところ、まだ和泉さんに対する恋心は消えていなかったよ。だからきっとうまくいく」

 俺は確信を持った口調でそう言った。

「なら大丈夫そうですね」

「ああ」


 そのまま俺たちは宿へ戻ると、テニス部員たちは広場に集まってバーベキューの準備をしていた。

 手伝おうかとも思ったが、見たところ人手は十分に足りていそうだったので、宿の目の前の道で優輝と和泉さんの帰りを待った。

 幸いまだバーベキューが始まるまで時間があるので、気楽に二人の帰りを待つことができた。

 そしてしばらくするとようやく二人がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。

「おお……」

「いい感じですね……」

 なんと二人は手をつないでいた。

 これはきっとうまくいったのだろう。

 俺たちは近づいてくる二人の様子をみていると、二人もどうやら俺たちが見ているのに気付いたのか慌てて手を離した。

 なんか初々しいな。

「おお、雅也に中川さん。お、俺たちが来るのを待っててくれたのか?」

 二人が俺たちの前まで来ると、優輝はなんとも胡散臭い言い方であたかも俺たちがいるのを今知ったかのような反応を見せた。

「そりゃーどうなるか心配だったからなー。それで、どうなったんだ?」

 大体察しはついているが、どうなったのかをはっきりさせるためにもあえてその質問をした。

「そ、それは」

「その……」

 二人は恥ずかしそうな反応を見せながら顔を見合わせた。

 ああ、初々しい……

「俺たち、付き合うことになりました」

 優輝がやっとのことで口を開いた。

「おめでとう!やったじゃないか」

「二人ともおめでとうございます!」

「あ、ありがとう、二人とも」

「あははは、なんだか恥ずかしいね」

 俺と栞が称賛すると、二人は照れたような反応を見せた。

「そろそろバーベキューが始まるから広場に行かないか。話はそこで聞かせてもらうから」

「ああ、もうそんな時間か、ていうか腹減ったなー」

 そう言って優輝はいかにもお腹が空いてそうな反応を見せた。

 きっとさっきの和泉さんとのやり取りで相当カロリーを使ったのだろう。

「よかったですね、結衣さん」

「うん!ありがとね、栞ちゃん」

 俺たちが会話する後ろで、女子二人の会話が聞こえてくる。

 何はともあれ、うまくいって良かったと心の底から思った。


 そしてバーベキューが終わり、現在はみんなで花火をやっていた。

 優輝と和泉さんは二人で仲良さそうにやっているので、必然的に俺と栞は二人きりとなっていた。

「うまくいってよかったですね」

「そうだな」

 俺たちはススキ花火をしながら会話をしていた。

「花火、綺麗ですね」

「そうだな。でも、どこか切なくも感じるかな」

「なんとなくわかる気がします。その気持ち」

 花火をしていると何かが終わってしまうような、そんな感覚がするときがある。

 実際明日でこのテニス合宿は終わってしまう。

 やっぱり学生だけで寝泊まりして生活するのは、なんだかんだ非日常感があって楽しかった。

「線香花火、やりましょうか」

「そうだね」

 俺たちはススキ花火から線香花火に切り替え、漠然と二人が作り出す小さな灯りを見つめていた。

「線香花火は余計に切なく感じますよね」

 栞がふと呟いた。

 確かにその気持ちも分かる。

 だけど……

「栞、まだ夏は始まったばかりだよ。だからこのひと夏でいっぱい思い出を一緒に作ろう!」

 楽しい出来事のいつかは終わる。

 ならまた思い出を作ればいい。

 これまでの出来事を忘れるくらいの、楽しい思い出を。

「はい!」

 栞は乗り気な気持ちが伝わってくれるような優しい笑顔で、俺に微笑んだ。

「明日の朝六時に、例の広場の奥で一緒に会わないか?」

「いいですけど、まだ何か用事があるんですか?」

「いや、ただ俺たち、付き合い始めてからなんだかんだ忙しくてゆっくり話せてないだろ。だからただ二人きりで話をしたくてな。ダメかな?」

 俺がそう言うと、栞は少し照れた表情をしながらも答えた。

「そんなわけないじゃないですか。では明日の朝、一緒に会いましょう」

 こうして俺と栞は明日の朝に会う約束をした。

 優輝も無事和泉さんと付き合うことに成功し、最高と言っていい形で合宿三日目が幕を閉じた。

 





 


 

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る