32 夕日

 それから五分ほど歩くと空の色に変化が起き始めた。

「夕日、綺麗ですね」

 ふと中川さんが呟いた。

「砂浜と海だけの景色はさっきと全く変わってないのに夕焼け色に染まるだけで全然違うんだな」

 俺も中川さんと同じ感想だった。

「あ!あの辺りなんてどうでしょうか?」

 そう言って中川さんはある場所をめがけて指をさした。

 中川さんが指をさしているところを見ると確かにその場所はさっきの砂浜と海だけの空間とは違った空間が広がっていた。

「よし、行ってみようか」

「ですね」

 そうと決まると再び階段で砂浜まで下りて中川さんが指さした場所まで直行した。

「おお、なかなかいいじゃないか」

 着いてみて真っ先に口から出た感想がそれだった。

 この場所は海を貫くような堤防になっていて、さらに斜め右には大きな灯台がある。

 その上砂浜にいるときよりも潮風が気持ちよかった。

「夕日も相まってとてもいい場所ですね」

 どうやら中川さんも納得しているようだった。

「でも、今日はたまたま人がいないだけでもしかしたら普段はここで釣りしてる人がいるかもしれないな」

 この堤防は釣りをする場所としてとても適しているように思えた。

「今はいないのですからいいじゃありませんか。それに良いスポットとしては変わりないのですから」

「それもそうだな」

 確かに釣りをしてる人がいたわけでもないのにそんなことまで警戒していては埒が明かないと思った。

 それから俺たちは少しの間、海に沈む夕日を眺めていた。

 その景色だけでも十分綺麗であったが、海に反射する夕日も相まって、より絶景を際立たせていた。

「でも、告白する場所としてはどうなんでしょうか」

 ふと中川さんが口を開いた。

「それってどういうこと?」

 この景色はこれまで見た景色に比べて明らかに綺麗であった。

 それは中川さんも認めていたはずだが、いったいどんなところに問題があるのだろうか。

「確かにこの場所の景色はいいです。それは紛れもなく事実です。ですがここで告白すると考えると少し落ち着かないというか……なんて言ったらいいでしょうか」

 中川さんの歯切れは少し悪かった。

 おそらくは自分が感じていることを言語化するのが難しいのだろう。

 でも、なんとなく分かった気がする。

「綺麗すぎて……逆に落ち着かない……みたいな」

「そう、そんな感じです」

 確かにここは非日常感を強く感じた。

「でも、こういうところで告白したいされたいって思う人も一定数いる気もするんだ。だから一応候補にはしておこうか」

「そうですね。さっきの感想はあくまでも私個人の感想ですから」

 そう言うと中川さんはこの周辺や夜景をスマホで写真を取り出した。

 その光景を見て俺はふと思った。

 この夕日と中川さんはとびっきり合うだろうな、と。

 その考えが生まれた時には俺の腕は勝手に動いていた。

 俺はスマホを掲げて、中川さんが含まれた海に沈む夕日の景色めがけてシャッターを切った。

 しかし俺がシャッターを切る瞬間にそれに気づいた中川さんがこちらを振り向いたため、こちらを向いた中川さんが移った写真をたまたま撮ることができた。

「な、なにしてるんですか」

 少し怒っているような声を出しながら、こちらに向かってきた。

「何って、ただ俺も写真を撮ろうかと、、、」

「でも、明らかに私が入っていませんでしたか?」

「さ、さあどうだろう」

 俺は少しとぼけてみた。

「さっきの写真、見せてください」

 そう言って反歩俺に近づいた。

「ええ……」

 別に見せてもよかったが、いつもの中川さんからは想像もできないような怒ってる姿が珍しかったのでまだ見たいと思い、さらに渋ってみた。

「見せてください」

 またさらに半歩近づいた。

 ち、近い……

「分かったよ」

 そう言って俺のスマホを中川さんの目の前に出して写真を見せた。

 実際俺も自分が撮った写真をよく見てはいなかったので中川さんに見せているときに一緒に見た。

「ほら、やっぱり入っているじゃないですか」

 写真にはこちらを振り向いた中川さんが特にぶれるわけでもなく映っていた。

「でもいいじゃないか。とても綺麗だよ」

 それを言った瞬間、俺は心の中ではっとなった。

 俺はその写真を見て、素直に思った感想をそのまま言ってしまった。

 きざなことを言ってしまい、死にたいという気持ちでいっぱいになった。

「そ、そうですか……」

 でも中川さんはまんざらでもなさそうな反応であった。

 この照れた中川さんの反応を見た俺は、ふと自分の想いを口に出したい気持ちでいっぱいになった。

 でも優輝との約束がその口を閉ざした。

 成功すればもちろんいい。

 だが仮にごめんなさいと言われれば、俺のメンタルは地に落ち、優輝との約束を守ることは間違いなくできなくなるだろう。

 我に返った俺は、何とかこの状況を打開しようと思い、口を開いた。

「そうそう、よければ中川さんにも送ろうか。中川さんの映りもいいし」

「で、ではお願いします」

 そう言って俺は中川さんにこの写真を送った。

「まあ冷静に考えれば写真を撮られたのは知らない人ではなく島崎さんですし、全然大丈夫ですよ。さっきは急に問い詰めるようなことをしてしまってすみません」

 中川さんは冷静さが戻ったのか、俺に謝罪してきた。

「もちろん急に写真を撮った俺も悪いよ。次写真を撮るときは事前に言うから。ごめんな」

 そう言って俺も謝り返した。

「今回はどちらも落ち度があるということでもういいでしょう。それよりもう日も沈んでいますし次の場所に向かいませんか。幸いまだ時間はありますし」

「だな。じゃあ次は宿の近くの広場に行ってみるか」

「そうですね。では戻りましょうか」

 そう言って俺たちは海岸の夕日が綺麗に見えるスポットを後にした。

 俺は中川さんの新たな一面も見れて満足していた。

 とはいえ優輝の件を終わらせなければ、俺は前に進めないということを認識する良い機会にもなった。

 そんなことを考えながら俺たちは広場に向かうのであった。


 




 





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