31 海岸
これからの方針を立てた後、俺と中川さんは最低限の労力でなんとかテニスの練習を乗り切った。
「俺はもう動けそうにないわー」
「わたしもー」
それに反して、ほとんど休まずにプレーし続けていた優輝と和泉さんはかなり疲れているようだ。
「お前らまだ一日目だぞ。そんなんであと三日間持つのか?」
「ずっとやってるわけじゃないし大丈夫だぜ。それにテニスが上達するのが何より嬉しいしな」
「そうだね。一応名目はテニス合宿なわけだし、上達させないとね」
耳が痛い話だ、と俺は思う。
とはいえ今はやるべきことをやるのが先だ。
「じゃあ俺は少しこの辺りを散歩してくるわ。中川さんも来るか?」
「では私も行きます。この周辺にはどういった場所があるのか気になりますし」
「じゃあ二人はゆっくり休んでてくれ。夕飯前には帰ってくる」
「おっけ~」
どうやら和泉さんは問題ないらしい。
それはつまり優輝と二人きりでも問題ないということと同義、と考えてもいいのではないだろうか。
俺は優輝に近づいて、
「二人きりなんだから頑張れよ」
と和泉さんには聞こえないよう耳元で囁いた。
「おうよ!」
気合は感じられるが少し心配だ。
「早とちりだけはするなよ」
「しねえよ。言っとくけど俺はお前より恋愛経験多いんだからな」
「そうだったな」
どうやら大丈夫そうだ。
「じゃあ行こうか」
「ええ」
そうやって俺たちは自然に優輝と和泉さんを二人きりにすることに成功し、さらに俺たちの目的を果たすことができるよう誘導することにも成功したのであった。
「何とかうまくいったなー」
「ですね。結衣さんがついてきてしまえば計画が全て破綻しますし、結果的に横山さんと二人きりにすることができて良かったです」
優輝と和泉さんを二人きりにすることに成功した俺たちは完全に気が抜けていた。
とはいえゆっくりもしていられない。
宿周辺を探索する時間は有限だ。
「とりあえずどこから行く?」
「そうですね……」
中川さんは迷っているようだ。
とはいえ地の利があるわけではないので、どこへ行くか迷うのは当然のことではあるが、ずっと迷っているわけにもいかない。
今いる現在位置は宿泊施設の入り口の前であり、宿泊施設の入り口を見るような形で考えると、左にはテニスコートがあり、右には緑が広がる広場、後方には一本の道路を挟んだ先に砂浜と海が広がっている。
宿泊施設の奥はどうなっているか分からないが、ひとまず優先すべきは右の広場と後方にある海岸だろう。
「じゃあ先に海岸に行って見ようか。広場は何人かの人影もあるし」
「そうですね。では行きましょうか」
俺が提案すると、すぐに行き先が決まった。
そしてあまり車が通らない道路を抜け、砂浜につながる階段を下るとあっという間に目的地にたどり着いた。
「どうかな?」
「遊ぶのには最適でしょうけど告白する場所といわれると……」
「ちょっと微妙だよなー」
一面に砂浜だけが広がっているこの場所で告白すると考えると、どこか落ち着かないような印象を受ける。
なぜなら道路の上や砂浜の横などから自由に告白するところを目撃されてしまいそうだからである。
さすがに周りから告白する場面を見ていてほしいと思う人は少数派だろう。
「でもこの場所が告白するスポットに適していないだけであって、海岸沿いというのは告白する場所としては悪くないと思うんです。ですのでもう少し海岸沿いを歩いてみませんか?」
中川さんからの話を聞くに、確かに海岸沿いというのはスポットとしては悪くないと俺も思う。
少しでも周りの風景が変わればかなりいいスポットが出来上がるのではないだろうか。
「だね。じゃあ一回道路に上がって海岸の風景を見ながら歩こうか」
「はい!」
そうと決まると俺たちは再び道路に上がり、海岸を見ながら歩いた。
とはいえ砂浜と海のセットの風景はすぐに変わるわけではない。
しばらく歩いていると、中川さんが口を開いた。
「それにしても横山さんはすごいですね。出会ってまだ一ヵ月半ほどなのに好きだと分かればその人にすぐ告白する勇気が出るなんて」
「確かにな。俺は好きだと気づいてもなかなか告白する勇気なんて出ないと思う」
無意識に矛盾していることを言ってしまった。
「分かります。もし振られてしまったら、と考えるだけで告白する勇気なんてすぐに消えてしまいます」
「中川さんはそういう経験をしたことあるの?」
ふと気になったので聞いてみた。
「ええ、でも相手が魅力的な人であればそれだけライバルは多くなるというものです。ゆっくりともしていられないのが難しいところですよね」
「なんとなく分かるなー」
そう言って俺は中川さんを見る。
一見コミュニケーションが苦手そうであまり面白くなさそうに見えるが、いざ話してみると意外とお喋りで一緒にいると楽しい。
あとは何と言ってもこの整った容姿が人を引き付ける。
学校では今のところはあまり目立っていないが、一度でも誰かにこのお喋りな中川さんが知れ渡ってしまえば、この人の競争率はどうなるのだろうか。
想像するだけでゾッとする。
「な、なんでしょうか?」
ぼんやりと中川さんの顔を眺めなら考え事をしているとふと目が合った。
「な、なんでもないよ」
慌てて俺は目を逸らした。
何をやってるんだか、と心の中で俺は思う。
落ち着きを取り戻した俺はなんとなく気になっていることを中川さんに聞いてみることにした。
「優輝の告白、ぶっちゃけ成功すると思う?」
うーん、と考えるような素振りをした後、中川さんは口を開いた。
「正直私は結衣さんではないので分かりませんが、結衣さんと横山さんはお似合いだと思います。なので成功するかどうかは分かりませんが、結ばれればとてもいいカップルになるのでないでしょうか」
「ああ、それはなんとなくわかる気がするよ」
ふとさっきまでの優輝と和泉さんを思い出す。
二人で一生懸命テニスに取り組む姿。
まさにお似合いであるように感じる。
「告白、成功するといいな」
「その確率が少しでも上がるよう、私たちは私たちができることをやりましょう」
「だな」
そう言って俺と中川さんは再び海岸沿いを見渡した。
まだ探索は始まったばかりである。
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