38 告白

 広場の奥へ入り、そこから一面を見渡すと、優輝と和泉さん以外に人影は見えなかった。

 とはいえ入り口からではこの広大な空間をすべて把握することは不可能なことであるため、死角に誰かがいてもおかしくはない。

 この場所で告白する舞台が整うための条件として、人がいないのは大前提である。

 俺と中川さんは、優輝と和泉さんの二人を見失わないがこちらが見つからない程度の距離を保ちながら、木々が生い茂った巨大な自然を進んでいく。

 俺たちは声はもちろん、足音もできるだけでないように気をつけて進んでいるため、この空間には優輝と中川さんの足音だけが無造作に鳴り響いていた。

 どことなくある緊張感をヒリヒリと感じながら歩いていると、二人はようやく足を止め、一つのベンチに二人で座った。

 それを見た俺たちは、二人から死角になるような場所にあるベンチに二人で座った。

 中川さんとの距離が近く、めちゃくちゃドキドキしているが、今はその感情を押し殺す。

 その後しばらく静寂の時間が続いた。

 察するに仮に誰かがこの場所に居れば、足音やら声が聞こえてくるはずなので、この空間には俺たち四人のほかには誰もいないと断言してもいい状況だと言えるだろう。

 そんなことを考えながら何かアクションが起きるのを待っていると、ようやく優輝が口を開いた。

「この場所、どう思う?」

「どう思うって……えっと、素敵な場所、だと思うよ」

 和泉さんは質問内容に戸惑いながらも答えた。

「だよな」

 優輝が続けて言った。

「この場所はさ、雅也と中川さんの二人で見つけたらしくて、雅也が紹介してくれたんだぜ。あいつら、結構いいところ見つけただろ」

「二人がここを……」

 和泉さんは何か考えるように優輝の言葉を聞いていた。

 そして今度は和泉さんが口を開いた。

「そしたらどうしてこの場所に案内したの?しかもこんな真夜中に」

 和泉さんが単純に気になっているであろうことを口にした。

「それは……」

 その質問を受けて、優輝は言葉に詰まった。

 だがそうなるのも分かる。

 この答えを言ってしまえば、すべてが終わってしまうかもしれない。

 そんなことを想像してしまえば、萎縮せずにはいられない。

 だが優輝は止まらなかった。

「結衣ちゃん」

 改めて優輝が和泉さんの名前を呼び、和泉さんを見た。

「は、はい!」

 優輝の急な変わりように和泉さんは珍しくあせったように返事をした。

「好きだ。俺と付き合ってくれ」

 優輝はついに和泉さんに告白の言葉を口にした。

「……」

 和泉さんはすぐに次の言葉を発することはなく、しばらくの間沈黙が続いた。

 やはりここからの距離だと和泉さんの表情は見えない。

 そしてしばらくの沈黙の末、和泉さんは口を開いた。

「優輝くんの告白は素直に嬉しいよ。でもごめん。わたしは今はテニスに全力を尽くしたい。多分、付き合ったら甘えちゃうから」

「ははっ、そっか。そうだよな。付き合ったらテニスどころじゃなくなるよな」

「そうだよ。だから優輝くん、これからも一緒にテニス頑張ろうね」

「ああ、じゃあそろそろ部屋に戻ろうか。明日も午前中はテニス練習あるわけだしな」

「うん、じゃあいこうか」

 そうして二人は宿に向けて歩き出した。

 俺たちはただただ二人の動向を見ていることしかできなかった。

「ごめん、結衣ちゃんは先戻ってて」

 そう言って優輝は立ち止まった。

「うん、じゃあ優輝くん、また明日ね」

 それを聞いた和泉さんは素直に先に部屋へ戻っていった。

「くそ…くそ……あいつらになんて詫び入れればいいんだよ」

 そう言って優輝は嘆き、数分立ち尽くした後、優輝も帰っていった。

 しばらくして俺は口を開いた。

「告白、うまくいかなかったな……」

「そうですね。やっぱりどんなに相性が良くてもタイミングって大切なんですね」

「そうだな。付き合うためにはお互いが付き合いたいって思ってないとダメなんだもんなー」

 俺は優輝が振られたことで、改めて好きな人と付き合うことの難しさを再認識した。

 こんな状況を見てしまった以上、俺はおそらくこの合宿中は中川さんに告白することができないだろう。

 そんな臆病な俺を情けなく感じつつも、どこか安心感を覚えていた。

 やっぱり好きな人には振られたくない。

 そうと決まると、俺はどこか気が楽になった。

 とりあえず明日はどうしようか。

 そんなことを考え始めた俺の思考を一刀両断するかのようなことを中川さんが言った。

「でも、私も横山さんと同じ気持ちです」

「え、それってどういう……」

 中川さんに今言った言葉の意味を聞こうとしたときにはすでに中川さんの顔は俺の視界にはなかった。

「っ……」

 気づいた時には中川さんは俺の体に手を回して抱きついていた。

 そして中川さんは俺の思考が状況に追いつく間もなく言い放った。

「好きです。私と付き合ってくれませんか」




 



 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る