37 急展開
合宿二日目の火曜日は優輝に俺と中川さんが見つけた広場の奥の場所を教えたことから始まり、その後の午前中はみっちりテニス練習をやった。
ちなみに今朝中川さんに会ったときには静かで落ち着いている普段通りの中川さんに戻っていた。
いったい昨夜の中川さんは何だったのか、全く見当がつかない。
だがそんなことを悠長に考えている時間はなく、今日は続けて午後も夕方までテニス練習である。
そして現時刻は午後三時半。
まさにテニス練習の佳境とも思える時間帯だが、そういう俺は日陰のベンチに優輝と一緒に座って、二人で中川さんと和泉さんの試合を眺めていた。
「なあ雅也」
優輝がふと口を開いた。
「なんだ?」
俺が返事をすると、返ってきたのは静寂であった。
とはいえテニスの練習の疲れのせいか、何か言うほど元気ではなかったため、黙って次に続く優輝の言葉を待った。
そしてしばらくの沈黙の末に優輝が再び口を開く。
「いや、なんでもねーよ」
何ともちぐはぐとした返事が返ってきた。
「どうしたんだ、お前?」
俺は様子のおかしい優輝が気になり、声をかけた。
「ふと考えちまったんだよ。こんだけ雅也と中川さんがわざわざおれのために告白の協力をしてくれたってのにもし振られたら合わせる顔がないなって」
珍しく弱気な表情の優輝がそこにはいた。
「なんだか気持ち悪いな。お前が弱気なんて」
あえて俺は軽口をたたいた。
「気持ち悪いって……おれだって弱気になるときぐらいあるわ!」
調子が戻ってきたのか、少し声の大きさが上がった。
「今朝のあの自信に満ちた表情はどこ行ったんだよ?」
俺はさらに優輝を煽った。
「それは……あんな景色を見せられたら、なんでもうまくいきそうな、そんな気持ちも湧くだろ」
さらに優輝は続ける。
「なあ……やっぱりあの場所で告白するなら昼間の方が良かったかな?」
急に優輝は話題を変えた。
「さあな、でも少なくても俺は朝でも夕方でも夜でもいい場所だと思ったぞ」
「そっか。そうだよな!」
どうやら俺の答えに満足したのか、いつもの明るい雰囲気の優輝に戻ったように感じた。
いったい何を伝えたかったのか最後まで分からなかったが、調子が戻ったのであれば良かっただろう。
その後も他愛のない話をして、俺たちはテニスの練習に戻った。
その後食事や入浴を終え、あとは寝るだけとなった。
だが少し気がかりなのは優輝の様子だ。
午後のテニス練習での休憩の時の会話では元に戻ったと思っていたのだが、昨日と同じくあった夕食までの自由時間があけてからはさらに様子がおかしく感じられた。
だが中川さんも和泉さんも平然と優輝に接していたのを見るに、どうやら気づいているのは俺だけらしい。
時刻は深夜十時。
そんなことを考えながら布団を引き、お互いに布団に入った。
しかし、やはり優輝のことが気がかりでしばらく寝付けそうにない。
そんなに明日の告白に緊張しているのだろうか。
だが緊張するにしても、告白する直前とかでいいのではないだろうか。
そんなこんな考え事をしていると、優輝から急に声がかかる。
「雅也、寝たか?」
「まだ寝てないよ。どうした?」
「いや、何でもない」
一体何を意図して声をかけたのか、全く分からない。
しばらくして優輝がまた口を開いた。
「ちょっとおれ、外行ってくるわ」
「どこいくんだ?」
素直に気になったので、俺は質問したが、
「べ、別にどこでもいいだろ。それじゃ、おれ、急いでっから」
そう言ってあっという間に優輝は部屋を飛び出してしまった。
時刻を見ると深夜十時二十六分。
よく分からないが、どうしても何か引っかかるので俺は優輝の後を追うように部屋を出た。
あくまで優輝に気付かれないよう、気持ちゆっくり目に宿の入り口めがけて歩いた。
だが宿の入り口に到着すると、外から見えないよう柱に隠れているように見える思いがけない人がそこにはいた。
「中川さん。こんなところで何やってるの?」
「し、島崎さん!?ど、どうしてここに」
俺が声をかけると、びっくりしたようなあせっているような反応を中川さんはした。
「いやー、ちょっと優輝が外に行くっていうから気になって}
正直に言うと中川さんはどこか納得の言った表情で言った。
「そうでしたか。実は私も急に外に出るといった結衣さんが少し気になってここまできたんです。島崎さん、柱からこっそり外を見てみてください」
「分かった」
俺は柱の横から少し顔を出して出入り口の外を見るととある二人が目に映った。
「優輝と、和泉さん?どうしてこんな夜遅くに。あ、どこか歩って行きそうだよ」
俺が見た時にちょうど二人はどこかへ向けて歩き出した。
「どうする、中川さん?」
「ストーキングするような真似はしたくありませんが……どうやら好奇心には勝てなさそうです。二人を追いましょうか」
どうやら中川さんも俺と同じ心境だったようだ。
「そうこなくっちゃ」
そして俺たちは前にいる二人にばれず、かといって見失わない距離感を保って尾行した。
そして二人が向かっている先は広場に入った時点で察していた。
「中川さん、これって……」
「はい、想像通りだと思います」
まさかの急展開に俺の頭はごっちゃになっていたが、それでも足だけは勝手に動く。
「ここまで来た以上、もう引き返せません。もちろん進みますよね」
中川さんが俺にもう一度確認してくる。
「ああ、もちろんだ」
罪悪感なのか高揚感なのか緊張感なのか俺が今感じていることが一体何なのか、もうめちゃくちゃで分からなかったが、どうしても足は勝手に動いて止まらない。
引き込まれるように優輝と和泉さんが入っていった自然地帯へと俺と中川さんは入っていくのであった。
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