52 花火

 花火大会を抜け出して町を歩き回っていると、とある一つの神社にたどり着いた。

 そこで神主さんに神社内にあるこの町で一番綺麗な花火が見れる場所を教えてもらい、俺たちはそこを目指して歩いていた。

 とはいえ実際どんな景色なのかは見てみないと分からないため、俺個人としては期待半分といった感じなのだが。

 しかし神社を囲む木々を抜けた先の景色を見た俺と栞は、思わず絶句した。

「うわ、すごいな……」

「きれい……ですね……」

 そこからは町全体の景色を見ることができた。

 先ほどまでいた夏祭りのオレンジ色の灯り。

 住宅街に立てられた家の部屋からはみ出た日常の灯り。

 さっき乗ってきた駅からあふれる白い灯り。

 様々な灯りがこの町中を彩っていた。

 しばらく俺たちはその景色に見入っていたが、ずっと歩いてきた疲れもたまっていたため、少し時間が経つと俺たちはベンチに腰掛けた。

「とりあえずさっき買った焼きそばでも食べようか」

「そうですね」

 そうと決まると俺たちはさっき買った焼きそばを袋から出して、焼きそばが入ったプラスチックのケースを開けた。

 すると焼きそばの香ばしい香りが辺りを包んだ。

 ふと俺は口を開いた。

「こんな落ち着いたところで夏祭りで買った焼きそばを食べるのは生まれて初めてかも」

「確かに普通は賑やかなお祭りの会場でこういうものは食べますもんね。だからこんな機会は滅多にないのかもしれません」

 滅多にない、か。

 だがこの滅多にない機会を作り出せたのは紛れもなく栞のおかげだった。

「そうだな。こんな機会が訪れたのは栞と一緒にいたおかげだな」

「なんですか急に。でも私も雅也くんと一緒じゃなければこんな機会はありませんでしたよ。だからお互い様です」

 そう言って俺たちは顔を見合わせてふふっと笑い合った。


 焼きそばを食べ終え、しばらく他愛もない雑談をしているとようやく花火の時間が近づいてきた。

「そろそろですね」

「ああ」

 その瞬間ひゅ~という音が鳴り響いたあと、ばーんと赤い花火が空を覆った。

「ここ、めちゃくちゃいい場所だな」

 花火が打ちあがったあとの第一声がそれだった。

「ええ、すごく綺麗です」

 近くもなく遠くもなく、高すぎることもなく低すぎることもない。

 まさに絶妙というのにふさわしく、ここから見える打ち上げ花火はいつも見ている打ち上げ花火と全然違うとすぐに感じられた。

 やっぱり見る位置によって打ち上げ花火は全然違うんだなと俺はあらためて実感した。

 ひゅ~ どーん

 ひゅ~ ばーん

 それから次から次へと打ち上げ花火は打ち上げられた。

 その際俺たちはあまりの花火の圧巻さに目を奪われ、どちらも口を開こうとしなかった。

 とはいえずっと無言というのはさすがに気になるもので、俺はふと横にいる栞を見た。

 すると俺は花火なんかとは比べ物にならないほど、

 綺麗だなと思った。

 栞の花火が映り込んだ目を見て。

 可憐だなと思った。

 栞の花火に夢中になっている表情を見て。

 そして俺には同時にある欲が襲ってきた。

 栞の唇を見て。

 そう思ったとき、すでに俺の口は動きはじめていた。

「栞」

 俺が名前を呼ぶ。

 もう俺は自分を制御できそうになかった。

「はい、なんでしょうか?」

 そう言って栞は俺に顔を向けた。

 その途端に栞ははっとした表情に変わった。

 おそらく俺の表情を見てこれから何をしようとしているのかに気付いたのだろう。

 しかし最初こそおどおどしていたものの、想像以上に早く栞は目を閉じた。

 それを見た俺は、心臓が爆発しそうなほど緊張で胸がバクバクしていた。

 でも俺は止められない。

 そのまま俺は栞の唇に自分の唇を重ねた。

 その瞬間、俺はこれまでに感じたことがない感触と心地よさに包まれた。

 そして十秒ぐらいの時間が経過したあと、俺たちは自然にお互いの唇から唇を離した。

 すると必然的に栞と目が合う。

 栞は顔を赤らめているもののどこか安心しているような表情をしていた。

 多分その時は俺も同じような表情をしていたと思う。

 そしてお互いがお互いの表情を見て、俺たちはやさしくほほえみあった。


 俺はこの夏祭りを通して強く思った。

 絶対にこの子を、栞を幸せにしようと。

 これまでの人生に言葉が足りないのなら、俺がその分たくさんの言葉を渡してあげようと。

 これまでの人生に明るさが欠けているのなら、これからの人生をその分明るく彩ってあげようと。

 俺の人生において、こんなに一人の少女を想ったのは初めてだ。

 この先ここまで想うことができる相手に出会うなんてことは想像できない。

 だからこそ、と思う。

 この人との出会いを大切にしようと。

 この人とのこれからの時間を大事にしようと。

 この人との日常を一つ一つ豊かにしていこうと。

 ひと夏からはじまったこの恋を、ゆっくりと育んでいこうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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ひと夏からはじまる愛染 土岐なつめ @tokihuyu

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