42 やるべきこと

 今朝からの優輝と和泉さんとの間の気まずさは一向に改善しないまま、午前中のテニス練習は終わった。

 今日の午後からは待ちに待った自由時間でありその後はバーベキュー、そして締めには花火と続く。本来であればこの合宿で一番思い出を作れるであろう時間が始まったわけだが、この状況では少なくとも俺は純粋に楽しみたいと思うような気分にはなれなかった。

「優輝悪いな、この後は用事があるんだ」

「大丈夫だ!俺は海岸で海に入ったり、ビーチバレーでもして遊んでるからよ」

「そうか。ならもし行けたら俺も行くからなー」

「おうよ」

 優輝も言っているようにどうやら宿が海に近いこともあって、海で午後の自由時間を過ごす人が多そうだ。

 男女が集まって海で遊ぶ。

 女の子の水着姿が拝み放題だ。

 高校生のような年頃の男からしてみれば、まさにこの自由時間は最高の時間と言えるだろう。

 しかしそんな俺はこの後ある人と会う約束をしているため、当然海には行けない。

 とはいえこの気分では海に行っても楽しめないと思うので、今の俺からしてみればこの約束はありがたいことこの上ないが。

 俺はハイテンションで海に向けて進んでいくテニス部員たちを横目に淡々と目的地へ歩みを進めるのであった。


「もう来てたのか、ごめん、待ったか?」

「いえ、私もちょうど来たところでしたよ。なので気にしないでください」

 俺は広場の奥へ足を運んだ。

 そこで待っていたのは昨日俺の彼女となった栞。

 本来ならいちゃいちゃしたいところだったが、今は先に片づけなければいけない問題があった。

「それで、ここなら誰もこないだろうし、さっそく優輝と和泉さんについてどうするか話そうか」

「そうですね」

 そう、俺たちが自由時間に落ち合うことにした目的は決してみだらなことをするためではなく、優輝と和泉さんをこれからどうするかについて話し合うためだった。

「まず聞きたいのですが、昨夜雅也くんが部屋に戻ったあと、横山さんの様子はどうでしたか?」

「確か普通に寝てたな」

「そうですか……」

 その答えを聞くと、栞は落胆したかのように肩を落とした。

「それが何か問題だったか?」

「いえ、その口ぶりから察するに、横山さんは振られてしまった以上もう結衣さんのことは諦めているのかなと思いまして」

「いや、さすがにそれはないと思う。今日の朝食の時、優輝と和泉さんの空気が明らかにおかしかったろ。そのことを部屋に戻ってからかなり気にしてた。仮にもう和泉さんのことを何とも思ってないならあんなに気にすることはないと思う」

 優輝はコロコロと好きな人を変えるような性格ではないと思うので、一応栞の誤解を解いておくことにした。

「ならまだ結衣さんのことが好きでしょうか?」

「多分だけど……ていうかさ、この話って重要なのか?」

 もう優輝は和泉さんに振られている。

 今更優輝が和泉さんのことをどう思っていようがどうしようもないのでは、と俺は思った。

「はい。とても重要です。実は昨夜私が部屋に戻った後、和泉さんがどうにも落ち着きがない様子でして」

「それは急に告白されたんだから当然と言えば当然なんじゃないか?」

「いえ、それで話を聞いてみたところどうやら結衣さんも少なからず横山さんのことが気になっていたらしくて」

「じゃあなんで振ったんだ?」

 気になっているなら告白を受け入れてもよかったはずだ。

「どうやら告白されたときは早く答えを出さなきゃ、とただひたすら思い、頭が混乱していたらしくって、それで付き合ったらテニスがおろそかになりそうだなと思って勢いで断ってしまったらしく……そして私がある助言をしたらやっぱり付き合いたいと思い直したとのことで」

「なるほど、でも一回告白を断ってしまっているからその気持ちを伝えづらい、ということか」

「はい」

 一回冷静にどうするのかいいのかを考える。

 だが結論にたどり着いたのは一瞬だった。

「じゃあ和泉さんから告白してもらえばいいじゃん」

「やっぱりそうなりますよね。でもそれだと結衣さんに負担がかかってしまいますし……横山さんはまだ好きだから大丈夫だって先に言っておいた方がいいですかね?」

「いやいや、告白するんだから負担がかかるのは当然じゃないか?それよりも俺たちにはやるべきことがあるだろ」

「それは?」

「俺たちは優輝の告白を手伝うって言ったんだ。まだその仕事は終わってない。だからとりあえず場所と時間をセッティングしてあげないとな」

 やっぱりいつもの優輝に戻ってもらうには根本的な問題を解決するしかない。

「しかし、場所はどこにしますか?さすがに一回振られたところにはしない方がいいと思いますし」

「あるじゃん、初日に俺たちが見つけたもう一つの場所」

 ふと俺は夕日が煌びやかな景色を想像した。

「確かにほとんどうまくいくのが約束された状況での告白なのであれば、いいかもしれませんね」

 どうやら栞もその情景を想像したらしい。

「そうと決まれば、さっそく行動するか」

「ですね」

 やることが決まり、さっそく俺と栞は優輝と和泉さんにそれぞれ連絡を送った。

「そういえば栞はなんて和泉さんに助言をしたの?」

 ふと気になったので聞いてみた。

「付き合い方にもいろいろな形があり、単純に二人がイチャイチャするだけの関係もあれば、お互いに高め合える関係もある。和泉さんは後者を目指してみてはどうでしょう。といっただけですよ」

 なるほど、確かにお互いに高め合える関係になれば、二人はより一層テニスに対するモチベーションが上がるはずだ。

 理想的だな、と俺は思った。

 だが同時にふと思う。

 この先俺と栞は一体どんな関係になるのだろうか、と。


 

 


 

 

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