49 夏祭り
夏祭りが開催している町に着き駅を出ると、そこは屋台や大勢の人々でごった返していた。
「うわっ、すごい人だな……」
俺はあまりの人の数に思わず声を漏らす。
「ですね……」
栞も同じく気が重そうな声で俺に続いた。
きっと俺と同じで人混みがあまり得意ではないのだろう。
「お前ら嫌そうだな」
俺たちの反応を見た優輝が思わず突っ込んだ。
「こんな人混みを見たらふつうはそう思うだろ。そもそもお前はこの人混みを見ても何とも思わないのか?」
優輝がまるで他人事のように俺たちに指摘したので、俺は思わず優輝にそこらへんをどう思っているのか伺った。
すると優輝はむしろ表情を明るくして、
「むしろこの人混みを見てワクワクしないか⁉なんていうか、夏が来たって感じがするんだよ」
「ああー、なんか分かるかも!」
優輝の言ったことに和泉さんが真っ先に同意の反応を見せた。
確かに俺も優輝の言ったことが少しわかる気がする。
毎年夏祭りに行っていると、この人混みを見て夏祭りなんだと実感する。
夏祭りなんだと実感すると、今は夏なんだということを実感する。
季節を実感する瞬間というのは思いのほか少ない。
だから優輝や和泉さんのような気持ちになる人も一定するいるのだろう。
「分かるけど、分かるんだけどこの人混みはちょっとなあ」
「私も島崎さんと同じ思いです……」
どうやら俺と栞はそれでも人混みにいい印象を持つことができないようだった。
「それで、これからどう動く?」
和泉さんがみんなに向けて質問を投げかけた。
「とりあえず屋台を一周見て回らないか」
「だな」
「私もそれで異論はないです」
俺が無難な提案をすると、優輝も栞も異を唱えなかった。
「じゃあ決まりだね!それじゃあ行こう!」
和泉さんの声を合図に俺たちは人混みの中へ突っ込んでいった。
とはいえやはり人が多く、少しでもよそ見をしたり人に阻まれたりすればすぐに四人が分裂してしまいそうだ。
俺と同じことを思ったのか、優輝は真っ先に和泉さんの手を取った。
「ゆ、優輝くん!?」
「はぐれたりしたら嫌だろ。だから」
その物言いと言い、その時俺からしても優輝がどこか頼もしく見えた。
俺もこの状況から栞の手を取った方がいいのだろう。
実際彼氏なのだからなおさらやるべきだ。
しかし優輝と和泉さんにはまだ俺たちが付き合っていることを明かしているわけではなく、栞が二人に言おうとしないことを見ると何らかの理由で隠しておきたいのかもしれない。
どんどん浮かんでくる思考が俺の行動の邪魔をする。
そんなことを考えこみながら歩いていると、
「雅也くん!」
と太鼓や人の声を遮って俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。
我に返った俺は横を見るとそこには栞の姿がない。
嫌な予感がした俺は、すぐに後ろを振り返ると人混みに巻き込まれて前に進めない栞の姿がそこにはあった。
ここで戻れば間違いなく優輝や和泉さんとはぐれるだろう。
だがそんな考えが浮かんだ頃にはすでに俺の体は動いていた。
俺は周りに迷惑だと分かっていても、無理やり逆走してなんとか栞の手を取った。
そのまましばらく歩き、なんとか屋台の隙間を進んで人の少ないところへ出た。
「大丈夫か?」
「ええ、それよりも……二人とはぐれてしまいましたね」
「ああ、本当なら計画通り屋台を一周してからがよかったが……」
俺たちはもともと途中で優輝と和泉さんを残してわざとはぐれようということを計画していた。
優輝は二人きりが嫌だと言っていたが、やっぱり夏祭りはカップルで回った方がいいという考えでの計画ではあった。
ただ本当は栞が俺と二人きりで周りたいと言っていたからその計画をしたわけだが。
とはいえ結局は不可抗力ではぐれるという結果になってしまった。
「しかたありません。二人にはLINEではぐれたみたいなので二人で楽しんでくださいというメッセージを送っておきます。解散も各自でという旨のことも。なので二人は二人にまかせて私たちは私たちで夏祭りを楽しみませんか?」
「ああ、そうだな」
栞の言うとおりだ。
どの道二人とはいずれはぐれる。
今回のことは二人とはぐれる時間が少し早くなっただけのこと。
俺は計画通りにいかず、特に根拠もなく焦った気持ちを切り替える。
こうして栞と二人きりの夏祭りが始まった。
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