16 勉強会①

 現在、時刻は9時55分を回っており、そして俺の目の前には昨日の帰りに教えてもらった和泉さんの家がそびえ立っていた。

 10時まで待つべきかそれとも今からインターホンを押すべきか迷っていたところ、

「あれ、雅也じゃないか。何やってるんだ?」

 後ろから優輝に声をかけられた。

「インターホン鳴らそうかどうか迷ってたんだよ」

「別に普通に鳴らせばいいじゃねーか」

「いや、まだ10時じゃないかr」

「いいから鳴らそうぜ」

 そう言って俺の言葉を遮り、優輝はインターホンを鳴らした。

 思い返してみると確かに俺も考えすぎだったかもしれない。

 それにしても優輝は自分の好きな人の家に入るというのに思い切りがいいな。でも優輝のそういうところは少し羨ましい。

 ピンポーンとインターホンが鳴り響く。

 家の中からトコトコトコと誰かが小走りと近づいてくる音がしてドアがガチャリと開かれて、

「はーい!あ、優輝くんと島崎くんじゃん。どうぞ、入って入って」

 元気な和泉さんが姿を見せた。

「お、おじゃまします」

 そう促され、さっきまでの勢いはどこへいったのか優輝はかなり緊張気味な様子で和泉さんの自宅の中へ恐る恐る入っていった。

「おじゃまします」

 優輝の様子を見て逆に俺はさっきまであった緊張がどこかに抜け落ち、かなり冷静な状態で和泉さんの自宅に入ることができた。

 中に入ると和泉さんが言っていた通り両親の姿はなかったが、

「お、おはようございます」

 リビングにはなんと中川さんの姿があった。

「お、おはよう」

 俺もいろいろとビックリしたため、あいさつがたどたどしくなってしまった。

「さ、全員揃ったことだし、さっそく勉強はじめよっか」

 何とも言えない状態になっていた俺と中川さんの空気感を和泉さんの声が遮った。

 正直助かった。

 そして長方形のリビングテーブルに和泉さんは中川さんが座っている隣へ、優輝は和泉さんの前、俺は中川さんの前に座った。

「結局どんな方針で勉強を進めていくの?」

「ひとまずは俺は優輝を、中川さんは和泉さんのサポートにつき勉強を見るのでどうだ?」

 そう言って俺は中川さんを見ると、こくりと首を縦に振って俺の提案を了承した。

「二人もそれでいいか?」

「おうよ」

「わたしもそれでいいよー」

 優輝と和泉さんからもOKが出た。

「じゃあさっそく始めますか」

 そして勉強会が始まった。



「お前、ここまで何やってきたんだ……」

 現在俺は苦労というよりむしろ困惑していた。

 一応全教科今の状態でどの程度できるのか優輝に問題を解かせたのだが、国語や社会系、そして英語は及第点ではあるができていた。

 しかし、だ。数学や理科系が致命的すぎる。

 演習問題はおろか、教科書の例題レベルの問題ですら怪しいレベルであった。

 このままテストを受けたら赤点を取るのが容易に想像できる。

「何をやってたんだろうなー」

 そう言って優輝は俺から目をそらした。

 今のこの状態がかなりやばいということを優輝もある程度理解しているのだろう。

「はぁ。まずはとりあえず基礎を徹底的にやろう。どうせ一日で終わるなんて思ってなかったからじっくりと進めていこうか」

 俺は改めて二週間前からテスト勉強を始めて良かったと胸をなでおろした。

 一週間後のテスト二日前の土曜日から始めたらどうしようもなかっただろう。

「本当に申し訳ない。まじで助かる」

「わかったわかった。じゃあさっそくこの二次関数の問題から解いていこうか。今から解き方の解説するからそれに従って解いてみて」

 そういって俺は優輝に解き方を教えた。

 そして今、優輝はその類似問題を解いている最中だ。

 とりあえず優輝の方はひと段落がついた。

 中川さんと和泉さんはどんな状況だろうか。

 気になったので向かい側の二人に視線を向けた。

 何か話しているようだがパッと見た感じだと、悪い雰囲気ではなさそうだ。

 正直極度な人見知りである中川さんがかなり落ち着いているのは俺からすればかなり意外であった。

「和泉さん、ちょっとトイレ借りてもいい?」

「いいよー。廊下に出てすぐ左だよ」

「わかった。ありがとう」

 ひとまず状況はなんとなくだが確認できたので俺は気分転換もかねてトイレに立つことにした。


 用をすまして廊下に出るとタイミングよく中川さんがこちらに歩いてきた。

 おそらく俺と同じ用だろう。

 しかし無言ですれ違うのも気まずいので和泉さんの状況を聞いておこうと考え、声をかける。

「おつかれさま、和泉さんのほうはどんな感じ?」

「想像していたよりもかなり勉強ができていたので安心しています。ただ……」

「ただ?」

「英語がかなり苦手なようで」

 どうやら和泉さんも優輝と同じく全体的にできないというよりかは一部の教科が致命的に苦手というタイプらしい。

 しかし英語は日々の積み重ねが重要な教科である。

 正直この二週間で苦手教科から脱却するのは困難だろう。

「具体的にどうする予定なの?」

 ひとまず中川さんのこれから考えている方針を聞いておくことにする。

「それがなかなかに難儀で……頭を整理するためにもこうしてお手洗いにたったんです」

「あ、ごめん。話しかけて」

 お手洗いに立った相手に話しかけて止めているのはさすがに迷惑だろうと思ったので、すぐに謝って戻ろうとしたところ……

「別に今すぐ用をすまさないとまずいというわけではないので大丈夫ですよ。むしろ島崎さんと話せて気が楽になりました……」

 そう言って中川さんがわずかだが微笑みの表情を見せた。

「そ、そうなんだ。お役に立ててうれしいよ」

 若干動揺して少し声にも表れてしまった。

 あまり中川さんは自分の感情を表情に出さないので、こんなふうに急に微笑んだ表情をされるとどうしてもいつもとは違う中川さんを見ているような気がして、ましてその表情が可憐であればなおさら照れが出てしまう。

「は、はい」

 さっき言った自分の言葉を思い出して恥ずかしくなったのか中川さんも口ごもった。

 そして二人の間には今日初めて顔を合わせたときと同じような何とも言えない空気感に包まれた。

「そ、そういえば和泉さんとはあまり緊張せずに話しているように見えたけどなにかあったの?」

 沈黙を打ち破ろうと俺はさっきから気になっていたことを口に出した。

「今はまともに見えるかもしれませんが昨日はかなりひどかったですよ。特に島崎さんと横山さんが帰ったあとです。二人きりになって緊張も高まって会話も相当たどたどしかったと思います。でも和泉さんは私の会話のペースに合わせてくれたというか……なんていえばいいんでしょうね。とにかく昨日の帰り道でお互いにかなり打ち解けた気がします。そのおかげで今日はかなり落ち着いて和泉さんとは話せてますよ」

 俺はさっきまでの空気感なんて忘れて、中川さんの話に聞き入ってしまった。

 中川さんは今の和泉さんとの関係性について丁寧に話してくれた。

 ああ、やはりいいな、と思う。

 長ったらしい会話であまりこうしたことが好きではない人もいるかもしれないが、こんな風に自分の考えをきちんと話してくれるところを俺はかなり気に入っていた。

「きっと和泉さんとはいい関係が作れると思うよ。勉強でも人間関係でも何か悩みがあればいつでも相談してね」

 そういって俺は速やかに中川さんから離れ、リビングに戻った。

 冷静ふうを装っていたが本当はあそこに居続けるのが怖かったからだ。

 あそこに居続ければ自分の中にある何かを自覚してしまいそうで。

 それを自覚してしまえば、自分が別の誰かと変わってしまう気がして。

 だから俺はもう少しだけ目を逸らす。

 せめてこのテスト期間が終わるまでは。

 

 

 

 


 



 




 



 

 

 

 

 

 

 

 





 

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