14 男女混合ダブルス⑦
ついに金曜日の男女混合ダブルス大会の当日を迎えていた。
火曜日以降、和泉さんは何かに吹っ切れたのか練習試合でのプレーはかなり安定し、そのおかげで俺たちのペアは練習試合の成績が最終的には負け星よりも勝ち星が優先する形となった。
俺も心の中でひそかにもしや優勝できるのではないかと期待できるぐらいには、今回の大会は自信をもって臨むことができた。
そして今現在、男女混合ダブルス大会決勝戦が始まろうとしていた。
「絶対に勝とうね、島崎くん」
「今まで通りの調子なら勝てるさ」
そう、俺たちは決勝戦まで駒を進めていた。
一回戦、二回戦は問題なく勝ち、準決勝では苦戦したもののなんとか6-4で勝利をものにしていた。
どうしてここまで俺たちのペアが勝ち上がることができたかといえば、間違いなく要因は和泉さんにある。
俺たちが初めてダブルスの練習をした初日、和泉さんは自分が足を引っ張っている焦りから点数を取らなければ、自分が取り返さなければという考えが生まれ、強打しアウト、そしてまた焦りが生まれるという言わば永遠に抜け出せない負のスパイラルに陥っていた。ある程度テニスが上達してきていたといっても、和泉さんはまだテニスを始めて約二ヶ月しか経っていない。テニスは打つボールをコントロールすることが想像以上に難しい上に、強打となれば初心者ではほとんどコートに入らないだろう。
だが、俺の助言のおかげか水曜日以降、和泉さんは自分にきたボールは相手コートに返すことに集中するようになりミスが大幅に減った。確かに和泉さんよりも俺が打ったボールで点数を取るほうが多く、全然活躍してないと思われるかもしれないがこれはチーム戦だ。個人の活躍よりもペアで点を取ることの方がダブルスでは重要なのである。
そういった戦い方に変えた結果、大会本番では決勝までたどり着くことができたのである。
そして肝心の対戦相手なのだが、なんと優輝と中川さんのペアだった。
しかしよくよく考えてみると、優輝は俺と同じかそれ以上にテニスはうまいし、中川さんも中学からやっていると言っていたのでどんなにコミュニケーションがないペアとは言え、二人とも地力があるのだから、この初心者が多いテニス部での大会では勝ち上がって当然とも思える。
そして俺たち四人がコートの上に立つ。
「よろしくな、お二人さん」
俺とも和泉さんとも仲の良い優輝が陽気な表情で声をかけてきた。
「こっちこそよろしくね」
和泉さんがやる気の満ちた表情で返した。
「よ、よろしくおねがいします」
「ふふ、よろしくね」
いつも通り緊張気味に中川さんは挨拶してくるので思わず笑いがこぼれてしまったが、俺もいつもの調子で返した。
フィッチの結果俺たちはレシーブからのスタートとなった。
第一ゲームは優輝のサーブ。俺はどんなボールでも返すという気概でラケットを構える。
しかし、優輝の綺麗なフォームから放たれる強烈なサーブの前に、俺の打ち返したボールはネットに引っかかった。
「一球目からこれかよ……」
思わず声がこぼれる。優輝がうまいということは分かっていたがまさかここまでとは……これはなかなかに大変な試合になりそうだ。
そして熱戦が続き現在は10ゲーム目、スコアは4-5でこちらが負けている。
優輝は普通にうまいし、中川さんも適格にボールを返してくるため、こちらもなんとか食らいついてかなり善戦はしているものの終始不利な状況が続いている。
そして現在のゲームのスコアは30-40、つまりは優輝、中川さんペアのマッチポイントを迎えていた。
サーバーは和泉さんであり相当なプレッシャーがかかっていると思われるのだが、今の和泉さんには緊張というのはみじんも感じられず、むしろ集中しているように思える。正直今回の試合でここまで善戦できているのは和泉さんの影響が大きい。なんていうか、ゾーンに入っているかのように今回の試合ではいつもの和泉さんとは思えないようなプレーを時折みせており、俺たちは最初のころとは比べ物にならないぐらい良いペアになれているような気がする。
そして和泉さんはファーストサーブをきっちりと入れた。
中川さんはそのサーブをきちんと返し、ここから長い間二人のラリーが続いた。このプレーを見て、もはや和泉さんが初心者だとは誰も思わないだろうと思えるほどの熾烈なラリーが続いており、俺と優輝には二人のラリーに参加する余地が全くなかった。しかし、先に甘いボールを打たされたのは和泉さんであり、それを優輝が俺と和泉さんの間にボールを打ち込み、しっかりと決め切った。
つまり俺たちは試合に負けたのであった。
「負けちゃったな」
試合が終わり、ある程度みんなの興奮が収まり優輝と和泉さんがいろいろな人から賞賛の言葉がかけられているのを尻目に俺は和泉さんに言葉をかける。
「そうだね」
いつもの調子で和泉さんが言葉を返す。
ふと思う。あれだけ善戦を繰り広げることができた和泉さん。しかし、試合に勝つことはできなかった。今和泉さんは何を思うのだろうか。そんな考えからだろうか。
「和泉さん、今、どんな気分?」
俺は穏やかな口調で和泉さんに疑問を投げかけた。
「そうだね……悔しい、とても悔しいよ、でも……最高の気分だよ!」
そう返した和泉さんは思わず惚れてしまいそうになるほど、とても魅力的な満面の笑みを浮かべていた。
「テニスって楽しいね。私はもっともっとうまくなりたい」
純粋な気持ちで言ってることが十分に伝わってきたので、俺は本当に思っていることを口にした。
「すぐにうまくなるよ。俺なんかよりも」
「またまたー、でもありがとう。私、これからも頑張るよ」
どうやら和泉さんには謙遜しているように聞こえてしまったようだ。まあ、この際はどっちでもいいか。
「その前にテストを乗り越えないとね」
「あ、やばい、どうしよう」
それを言った瞬間、和泉さんは明らかに顔色が悪くなった。
「わたし、全然勉強できないの……」
それは何と返事すればいいのやら……
「お疲れさまー、いやーいい試合だったな、あれどうかしたか?」
和泉さんの返事に少し戸惑っていると、称賛の声が落ち着いたのか優輝と中川さんがこちらへ向かってきた。
「いや、なんでもないよ。それよりお前こそどうした?」
「いやー、なんていうか、今日の試合について語りたくてな。今日は俺たち4人で一緒に帰らないか?」
そうだった。優輝もどちらかといえば和泉さんと同じタイプで、テニスに対してかなりの向上心を持っている。やはり反省などもきちんとしたいのだろう。
「俺は全然大丈夫だ。二人が良ければだがな」
そういって俺たちは二人を見つめる。
「わたしは全然大丈夫だよー、えっとー」
和泉さんが中川さんを見て少し固まる。
「中川栞さんだよ」
俺が困っている動機を察してフォローする。
「そっかー。ちなみにわたしは和泉結衣だよ。それで中川さんは大丈夫そうかな?」
そう質問すると中川さんは首を縦に振った。
「じゃあ決まりだね!」
そういって、俺たち四人は一緒に帰ることとなった。
この四人が集まるとテニス以外にどのような会話が展開されるかが全く分からないので心底不安である。そしてそのようなことに考えを巡らせつつも、俺たちは帰路に就くのであった。
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