一章 お嬢様がドMであることをご主人様の俺だけが知っている
一話 俺が女装し妹が男装し
高校に入学してから二週間と少し。そんな俺が学校に行かなくなってから早二日。けど、今日俺は、制服の袖に腕を通した。
「ねえ、にぃ。学校に行く準備できた?」
扉越しにそんな妹の声が聞こえてくる。
「おう」
「にぃ、もっと可愛く返事してよ……。元子役なんだし、それぐらいできるでしょ?」
妹の言う通り、俺は元子役だった。今はもう、ただの引きこもりに成り上がってしまってるが。
けど、そんな声を出すなって言ったのはお前だった気がするんだけども。
先に学校に行かなくなってから早二日と言ったが、土日を単に引き籠もってただけだ。
月曜の憂鬱。こればかりは慣れることはあるまい。
妹は扉を開け放つ。
俺はこうして
通常、高校生となれば男女では体格差が大きい。幸か不幸か俺と妹はほぼ同じ身長だった。俺が妹の制服に袖を通し、妹が俺の着る予定だった男子の制服を着れる程に。
◆◆◆
高校の入学式の前々日のことだった。
俺はいつものようにネットサーフィンをしながら、ぐうたらゴロゴロしていた。
というのは全くのデタラメで、盛り盛りに盛りまくった嘘の大盛りで、家にいないのをいいことに、妹の殺風景な部屋で女装し、下着を勝手に拝借し、そのうえ手を上下に動かしていた。
パソコンだとかそんなものはない。ただ妹の使ってる下着が俺の片手にあるだけだ。
あくまで匂いを嗅いだり、こんな下着を付けてるのかという、
だから、その足音に気づかなかった。
背後から忍び寄る黒い影。
妹が帰ってきたのだ。
「えっ、にぃ? …………なにしてるの?」
妹はドン引き、これはそんな反応の言葉だと思っていた。
俺は覚悟を決め、次の妹の言葉を待つ。なにかあれば土下座もじさない構えだ。最悪、もう一緒に居れなくなってしまうかもしれない。
けど──
「うそ、にぃ、私のこと好きすぎじゃない?」
「いや、これは──」
「もう、そういうことははやく言ってよ」
妹が発した言葉は、俺が思ってたものとは全く別のものだった。
俺を否定する言葉じゃない。それどころか、肯定さえしてそうな言葉。
とにかく、俺は許された。
「あー、えっと、
「なに?」
「女装は趣味でもなんでもないからな?」
相変わらずの笑顔で妹は俺の言葉を聞いている。それがものすごく怖い。
俺の言い訳は結局、妹の耳には届かなかったらしい。
「ねえ、私の代わりに私をやってよ」
「は?」
妹がなにを言ってるのか理解できない。どういうことだ?
「私は歌って踊れてかわいいアイドル声優だから、普通に身バレすると思うんだよね」
「……」
「だってほら、私って有名だから」
それを自分で言うのかと言いたいところだが、今はそこはどうでもいい。
だって──
「だ・か・ら、にぃは女装して学校に行ってよ。私は男装して、学校に行くから」
「いや──」
「嫌だ、なんて言わないよね? にぃ、優しいし」
「そんなこと──」
「それに、私はいつからここにいたんだろうね」
そう言って妹はスマホをひらひらとさせる。
俺に退路はない。
一応、覚悟はしていた。まさかそんなことを妹が言い出すなんて思ってなかっただけで。
かくして、俺は女装することが決まった。
健康診断などの特殊な行事では学校にばれないように、普通に登校するとなっている。
これをそんな簡単に決めていいわけないと、今ならわかる。でも、そのときの俺は妹に引かれなかったことで、頭の中が完全にパーになっていた。
他になにも考えられないほどに。
◆◆◆
「にぃ、流石だよ。メイクもしてないのに私と双子なだけあって、美少女の遺伝子を1パーセントぐらい感じるよ」
「そういうお前は、ちょっと腹立つイケメンにバッチリなれてるじゃねぇーか。流石、俺と双子なだけあるよ」
のそのそと部屋から出てくる俺に軽く妹はどや顔をする。
てか、対面して最初に言うことがそれかよ。わざわざ言わなくてもいいだろうに。
腹立つという言葉がフィルターにひっかかり、聞こえてないのではなかろうか。それはそれでむかつく。
なぜ俺だけがこんな思いをしなければならないのか。少しは同じ気持ちを味わってもらわねば。
「ほんと、お前のウザさ面倒臭さが出てて、完璧じゃないすか」
「……」
「まじ完璧っすわ」
「養われてる身で言いたいこと言ってんじゃねぇぞ。小遣いなしにすんぞ」
「いや、まじそれだけは、すんません。本当、完璧な美男子最高っす」
「わかればいいんだよ。にぃ、
調子に乗りやがって。腹立つがここは堪えることにする。
それからメイクをするために妹の部屋に移動し、ドレッサーの前に座る。
妹はメイク道具を取りに行った。俺はその間に叔母夫婦からの仕送りを携帯で確認する。妹にばれないように。
俺たち
中学のときに事故で他界してからずっと、叔母夫婦に面倒を見てもらっている。いや、妹が嫌がってからは直接的なのはなくなった。
代わりに俺がこっそりと会っているけど、一向に妹と叔母夫婦の仲は変わらずのままだ。叔母夫婦はそんな妹を心配しているけど、妹に会う気は無いらしい。
この前それとなく聞いたら顔で拒絶された。
だから、妹はこの事実を知らない。仕送りのことも。
そういうことになっている。
「にぃ、弁当作ってあるから持ってってよ」
「ん? うん」
仕送りに気を配ってたこともあり、そんな気のない返事をする。
「にぃ、それじゃメイクするから」
そう言うと妹は慣れた手つきで俺の前にしゃがみ込み、化粧を施していく。
正直、女装して学校に行きたくはない。そろそろ1カ月経つからあれだけども。
というのも、学校に許諾を取ってるわけもなく、俺は妹の名、
妹のためにも、学校では模範生の美少女を演じる必要がある。
その結果、学校だるいという俺が出来上がるわけだ。
相変わらず妹は化粧を続けている。勝手に顔を弄られるというのもそろそろ慣れてきた。
正直、俺にはなにが行われてるのか全くわからないが。まるで、魔法の詠唱だ。
「よし、メイク終了。にぃもそろそろメイクできるようになってよね」
「練習はしてるんだよ」
何食わぬ顔でウソをつく俺。なんもわからないのだからしてるわけもない。
「ウソ」
「だって、イベラン──」
「小遣いマイナス二千円」
「すんません、頑張ります」
怖いよ脅し。というか、ズルいよ。
高校生なんだから働けよというわけだけど、俺の将来の夢、ニートなんで。
子供のときの夢は
そんなわけで、メイクも終わったので学校に行くことにする。メイク道具を片付けてる妹を待ち、一緒に部屋を出る。
そこで改めて思う。
必要なもの以外なにもない部屋だなって。人気のあるアイドル声優だしファンからの贈り物ぐらいあるだろうに。
階段を下りる途中、念押しのためかもう一度同じことを言った。
「とにかく、はやくメイクできるようになってよ。メイクするの嫌いなんだから」
「へっ? そうなのか?」
「だって、私ほどの美少女、作れるわけないでしょ」
「あー、はいはい。微笑女微笑女」
「まあ、男装するときのメイクは好きだけど」
なんともまあド直球ストレート。
危ない危ない、妹じゃなかったら惚れてるところだったぜ。
「それじゃ、学校へ行こう。にぃ、痴漢からは俺が守ってやるよ」
「ふぇぇ、私、嬉しい」
「にぃ、学校行ったら喋らないで。せっかくの
妹はまじでないと吐き捨てるように言った。
俺の中のかわいいはイメージ通り、声もそれらしくできてるのに。
そんなでも、俺は妹と仲良く家を出た。
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