閑話 口車に乗せられて

みのり先輩、その子誰ですか?」


 数瞬ほど固まっていた俺たちに、夏織かおりは相も変わらずそう言った。

 相手は声優。つまりは声のプロ。下手に余計なことを言えば見破られる可能性が高い。

 そもそも、この子にはさっきバレている。お化け屋敷でのことを考えたら、ここで余計なことを言うのは避けるのが無難。

 そんなわけで、俺は妹を頼る他ない。

 とりあえず、目でそう訴えてみるも、あまり効果があった気はしない。


みのり先輩?」


「ああ、えっと、その、妹だよ。そう、妹!」


「妹、ですか? でも、みのり先輩に妹なんていませんよね? たしか、お兄さんがいるだけで」


「ああ、えっと私のじゃなくて、友達の。友達の妹なんだよ!」


 無理だろ。それは無理があるだろ。

 そう言いたくなったが、なんとかそれを抑える。

 てか、よく考えたら、なんでそんな質問されてるのだろうと疑問である。

 そして、そんな疑問が解決される一つの可能性。

 お化け屋敷の出来事から考えて、花奈未夏織はなみかおりはきっと、俺の妹を尊敬している! そうに違いない!

 だから、少しでもそんな尊敬してる先輩に近づけるよう聞いているんだ、きっと。

 そう思うと、そんな妹を持てたということで兄として鼻が高い。

 まあ、今はどうやら友達の妹らしいけど。


「それじゃ、その友達さんはどこなんですか?」


「いやー、それがね。その、来れなくなったらしくて、代わりに妹を遊園地に連れてってあげてって頼まれて。ね? ね?」


 妹に唐突にそう言われ、ガクガクと首を縦に振る。


「……そっか。そうなんだ。それなら……」


 なんか意味深げに夏織かおりはそうつぶやいた。なんだか不気味で怖い。

 というか、こいつがいい子って絶対ウソ。


「あっ、そうです! みのり先輩、そういうことならせっかくですし、一緒に遊園地回りませんか?」


「えっ?」


みのり先輩、私と一緒じゃ嫌ですか?」


 少し涙目の上目遣いで川和かわわを見る夏織かおりを俺は傍目で見ながら、落ちたな、なんて思う。


「えっと、私は別にいいけど、その、妹が……」


「いいですよね?」


 ギロッとこっちを向いた顔は不気味なまでのとびっきりな笑顔だった。

 その目が、まるでなにかに気づいてるような、同意しなければ狩るという狩猟のような目をしていた。

 そんわけで、今度は別の意味でガクガクと首を縦に振っていた。


「まあ、いいなら、いいけど……。それじゃ、どこに行く?」


 そう言うと、俺のもとまで来て「なんで了承してるの?」と聞かれたが、なにも答えることはできなかった。

 なんかなにも言ってはいけない気がした。


みのり先輩、ここに行きたいんですけど、大丈夫そうです?」


「えっと、ここ?」


「ですです!」


 それはそういう遊園地だからこそあると言っていい、なりきり施設。

 まあ、簡単に言ってしまえば、仮装施設。


「でも、私なんかが行っても大丈夫?」


「えっ? 逆に先輩以外に行っても大丈夫な人なんているんです?」


「いや、だって私、そりゃ普通にかわいいとは思うけど、さすがにこの歳じゃイタくない?」


 自分でかわいいって言うんだ。いつも言ってるけど。

 いつものようにそんなことを思う。


「痛くないです。それどころかかわいいだけですよ! 先輩のそんな姿、見てみたいです」


「それほんと? ほんとにイタくない? 大丈夫?」


「ですです。もう最強ですって」


 我が妹ながら惚れ惚れするほど、上手いこと口車に乗せられてるなぁーなんて思う。

 いや、もしかしたら夏織かおりならほんとにそう思ってるのかもしれないが。


「えっと、それじゃ行こっか?」


 そんなわけで、どこか満更でもなさそうな顔をした妹と明らかになにか企んでる顔をした夏織かおりとなりきり仮装施設に行くことになったのだった。

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