八話 スマイルジェットコースター?

「さあ、にぃ。テンションアゲテコ? アゲテコ!」


「今の俺にそんな元気も気力もない。はぁ」


「ちょっ! なんで普通に話しかけてくるわけ? ちゃんとして! それに、そんな元気なさそうな顔しないの」


「はぁ。無理だよー」


「声だけで取り繕うな! 全く、せっかく遊園地に来てるんだから、もっと楽しそうにしてよね?」


 ムスッとした顔をしながら妹はそんなことを言っている。

 全く誰のせいだよと、心のなかで毒づいておく。

 そんなわけで、俺はもう見事に女装させられてしまった。それも、いつもとは違ってかわいい感じに。

 さっさが私、なんでもできるとか完璧! なんて、無い胸張りながらそんなことを言っていた。

 ああ、思い出しただけでもちょっとイライラしてきた。


「もう、そんな怖い顔しないでよ。ここは遊園地だよ? 魔法のかかる最高の夢でしょ?」


「ほんとにこれが夢だったらよかったのに」


「こら、声! ほんと、気をつけてくれる?」


「はぁ」


「ため息で返事すんな!」


「はぁ」


 なぜかそこで、思いっきり足を踏まれた。

 普通に痛い。


「なにするのさ!」


「はっ? なにもしてないけど、どうしたの?」


 どうやらその犯人は妹にあらずらしい。さすがに、こんなとこで嘘を付くはずがない。

 まあ、これだけ人が多ければ、誰かとぶつかったりして、足を踏まれることもあるだろ。

 そう、自分で納得しておく。


「それで、とこに行く? 私、あのジェットコースターなんかが乗りたい!」


「えっ? いや、それはちょっと…………」


「ねっ、乗ろう?」


 妹の本気の営業スマイルの魅力の破れ、なくなく承諾してしまうのだった。



「ぎゃゃゃーーー!」


 ジェットコースターの上からはそんな悲鳴が聞こえてくる。

 まさに絶叫。それもそのはずで、このジェットコースター、国内でも最高速度を出すとして有名なガチのジェットコースター。

 お年寄りとか小さな子供は乗れませんという割とどこにでもありそうな看板が、ここではガチの警告感がある。

 それでもやはりこのジェットコースターは人気なのだ。

 やはり最高速度と言われると、誰しもが一度はどんなものか挑戦してみたくなるものなのだろう。

 いわゆる、怖いものみたさというわけだ。

 で、そんなジェットコースターの長蛇の列に行儀よく並んで、今か今かと順番待ちしてるのが俺たちだった。

 前にも後ろにもたくさんの人がごった返してる。


「ねぇ、暇なんだけど。なんか面白い話して?」


「無理」


「私のかわいいところ十個あげて」


「無理」


「いや、無理ってなに? ねえ、無理ってなに? かわいいかわいい妹ちゃんだよ? かわいいとこなんていくらでもあるでしょ? なんなら私とデキルでしょ?」


「無理」


 俺は声一つ変えず、妹のウザったい構文にも冷静さを保ちながら淡々と告げた。

 もちろん、こんなやり取りをしてるだけでも着々と自分たちの番に近づいていっている。

 だからといって、俺が楽しいかどうかは別問題なのだ。

 だって俺、ジェットコースターが苦手だから。

 三半規管が弱いのか、そういう乗り物系にはめっぽう弱い。

 そんなことを妹に言うなど言語道断というわけで、お得意の強がりで並んで待っている。

 しかし、嫌なものは嫌で、一生この時間が続かねぇかな? なんて考えてみたりしてる。

 と、ふと目に入ったのは目の前の子だった。

 なんとなく、見覚えのある服装をした女の子が一人、並んでいた。

 たくましいななんて思いながら眺める。


「えい」


 かわいい声とは裏腹に、かなりガッツリと妹は横腹を突いてきた。

 普通に痛い。


「なにするの、川和かわわちゃん!」


「うん、キモい」


「ひどいよぉー」


 全く、キモいと言うことに躊躇ちゅうちょしてほしいものだ。

 人によってはその一言が、精神的に超ダメージとなって心に残るのだということを理解してもらいたい。


「で、なにかあったの?」


「うん? 別に特になにもないよ? ただ、ちょうどぼうっとしてるみたいだからつついてみただけ」


 つついたって。いや、我が妹よ。今のはそんな生半可な、生易しいものじゃなかったぞ。

 明らかに悪意と怒りの籠もった一撃であったぞ。

 そんなことは心の中にしまい、順番を待つ。

 それからしばらく騒然と沈黙が空気を支配し、いい加減暇を持て余し過ぎてどうしようかと思ってきた頃、ついに順番が回ってきた。

 先頭は俺たちの前にいた女の子一人に取られてしまったが、先頭から二番目という位置につく。

 正直、全くもって喜ばしくはないが、ここまで来てはもう後戻りなんてできない。


「さあ! やっと順番来たんだから楽しむわよ! テンションアゲテコ!」


「はぁ」


「いや、なんで水を差すの? もっと楽しそうにしてよ」


 それもこれも、ジェットコースターが終わるまで不可能な話だ。

 いや、ジェットコースター乗り終えたからといって、俺のテンションがあがるわけではない。


「もう、せっかくの遊園地、楽しまなきゃ損だよ」


 そう言われると、たしかにそうだなと思う。

 そして、動き出したジェットコースターは山を登り始める。

 ここを登りきれば、最高速度のジェットコースターが待っている。


「くぅー、緊張するぅー」


 妹の言うように、このガタガタという感じはほんとに緊張する。

 そして、そのときはやってきた。


「キャャャーーー!」

「ぎゃゃゃーーー!」


 そこには、女の子らしくかわいい悲鳴と、マジで絶叫する汚い悲鳴二つがあった。

 それから、ジェットコースターはあっという間に終わった。

 とてつもない疲労感に襲われ、俺はベンチに座りコケている。

 しかし、感じているのは疲労感だけでなく、充足感にも満ちていた。

 スカッとした気持ち。

 まあ、俺はそれと一緒に乗り物酔いも食らってるわけなのだが……。

 けど、ジェットコースターの魅力とはきっと、疲労感とともに感じる、この妙な充足感なのだと思った。

 それから、飲み物を買いに行ってた妹が戻ってくる。


「まさか、ジェットコースターが苦手だったなんてねー」


 ニヤニヤした顔でこっちを見てる。

 長年の付き合いとは怖いもので、ジェットコースターから降りてちょっとフラフラしてるだけで、すぐに気づかれた。


「せっかくだし、もっかいジェットコースター乗っとく?」


「乗らない」


「もう冗談だからー、そんな怖い顔しないで」


 怖い顔なんてしてない。

 と、そんなことを思ってると、誰かがこちらに近づいてくる。

 そして、こう声をかけてきた。


みのり、先輩?」


 その子は夏織かおりだった。

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