十三話 放課後の教室

 そんなこんなで、午後の授業も終わった。

 体育の前のあのときはどうしようかと大変ではあったが、まあ無事に終わったと言っていい。

 ただ、なぜか妹、もといからの視線が痛いが。

 あれから、遅れないように少し小走りで向かった。

 それから、ちゃんと間に合った。

 そこで、間に合ったことにホッとして言うのを忘れた。

 ということはない。

 先生に言う前に、ああ、生理って言っても先生は困惑するどころか、病院を勧められるなぁとかは思ってた。一応、妹は兄ということになっているから。

 だからまあ、普通に体調が悪いそうなので保険室にいることを先生には伝えた。

 だから、ここまでで俺に落ち度はないはずだ。

 つまり、妹様が怒ってる理由は直接的には俺のせいではない。そんな理不尽な怒りなのである。

 というか、どこから広まったのか、誰が言い出したのか、聖なる騎士ホーリーナイト幻影の姫ファントムプリンセスの話に続きができていた。

 体育のあとに妹から聞いて、俺も始めて知った。

 そして、それが幻影の姫ファントムプリンセス深淵の王ナイトメアに盗られたというもの。

 いや、まじでなんなの、それ? 

 最初、妹からその話をされたとき耳を疑った。

 だいたい、その深淵の王ナイトメアとやらは誰だと。妹もそこに心当たりはなかったらしく、俺がなにかやらかしたのだと思い言いにきたとのことだった。

 ちなみに、妹はどうやら俺たち兄妹きょうだいを神聖視して尊いとか言ってるグループの代表に「どうか取り返してください!」と言われて知ったとのこと。

 いや、だからそもそと深淵の王ナイトメアって誰? まじで関わった記憶がないんだが。

 そうして、放課後になったことも忘れて妹からの痛い視線を受けそのままでいると、愛莉珠ありすから声をかけられた。


「ぼうっとして、どうしましたの? なにか悩み事でして? でしたら、不肖ではあるかもですが、私が相談に乗りますわよ!」


「えぇ……。それより私、今そんなに悩んでる顔してた?」


「いえ、別にそんなことありませんわよ? どちらかと言えば儚く美しかったですわ! まさにファントムプリ──」


「うん、大丈夫。てか、そのなに? ファントムなんたらって誰が言い出したの?」


「気づいたときにはすでに校内でその名が広まってましたし、私は知りませんわ」


 そうして、それを初めて知った日のことを思い出す。あれは、愛莉珠ありすに会いに行く途中、オカルト研究部に捕まったときのことか。


「オカルト研究部ってどんなところ? 前に捕まったときは変なことはされなかったけど、なんか嫌な感じはしたかな」


「まあ、それで正しいと思いますわよ? 変な人の集まりと言われておりますし。それより、その川和かわわさん、またうちに遊びに来ませんこと?」


「うん? 別にいいけど、私のことも普通に川和かわわでいいよ」


「い、いえ、そんな。まだ、川和かわわさんのままでいいですわ」


 なんだか、そう言われると壁を作られてるようでちょっと心に来る。まあ、そんなことはないんだろうけど。

 それでも、来るものはくるのだ。


「その、今日とかお時間ありまして?」


「ああ、えっと、今日はごめんね」


 そう言いながら教室を見渡し、妹もとい兄を探す。

 しかし、見つからない。教室にいないのだと判断して、携帯を取り出す。

 ソシャゲの画面を開きっぱなしだとまずいので、愛莉珠ありすには見えないように携帯の画面を開く。

 そして、そこには一見の通知が。

 妹からのであることを確認し、すぐに開く。

 そこには、


『にぃは他のかわいい女の子とイチャイチャしてるようなので、今日は一緒に帰ってあげない。一人で寂しく帰ってくるといい』


 そんなかわいいこと書いてあった。

 まあ、たぶん気を使ったとかそういうわけではないんだろうけど、とりあえず渡りに船ではある。


愛莉珠ありす、やっぱり──」


川和かわわさん、こんにちは。あと、えっとたしか、愛莉珠ありすさんでしたよね? こんにちは」


「えっと、たしか──」


波江花架なみえはなかです。よろしくおねがいします」


「よ、よろしくおねがいします」


「たしか、今日の転校生でしたね。どうかされましたか?」


 俺と愛莉珠ありすが仲良くなる前のときの言葉遣いに急になったので、軽くひじ打ちして確認すると『あれは川和かわわさんと二人で話してるときだけの秘密のやつです』と耳打ちされた。さっきまで教室で話してたのはなんだったのかと思わなくもないが、気にしてもないとでも判断してるのだろう。


「その、川和かわわさんに学校のことについて教えてもらおうと思ったのですが、どうやらすでにお兄様とのご予定があるらしく、どうしようかと思ってまして」


 そう、わざとらしく彼女は言った。

 その言葉にはどこにも悪意なんてものはない。けど、明らかにドス黒いなにかが含まれてる。

 敵意とも違う、真っ黒ななにか。


川和かわわさん、そうだったのですね。また誘いますので、そのときにはぜひ」


「えっ? あー、うん」


「それで、よければ愛莉珠ありすさん、学校を案内していただけませんか? さすがに学校を一人で見て回るのも寂しいですし、ちょうど川和かわわさんにフラレた二人ということで」


「べ、別に私はフラレたわけではありません!」


「まあまあ、細かいことはお気になさらずに。それで、どうですか?」


 彼女たちのやり取りに、私がなにかいう資格はない。だって、当事者じゃないのだから。

 ただ見守ることしかできない。

 それに、もしここでなにか言えたとしても、それに意味はない。

 だって、彼女が、波江花架なみえはなかという一人の女の子が言っていることは一つの解として綺麗に収まっているのだから。

 だから、俺は嫌な予感がしていながらも、彼女を、愛莉珠ありすを止めることができない。

 それから少しの間愛莉珠ありすは悩むと、彼女の言葉に了承した。


「まあ、このあと私もお時間がありますから、せっかくなので私でよければ案内しますよ」


「それでは、お願いします」


 そう言って彼女は手を差し出し、その手を愛莉珠ありすは取った。

 まるで、彼女に愛莉珠ありすが奪われるような喪失感を抱く。そんなことあるはずがないのに。

 そうして、気づいたときには教室で一人になっていた。

 だから、仕方なく一人で帰ることにした。

 その帰り道は暗く、どんよりとした雲も空に漂っていて、ただただ寂しかった。

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