十二話 女子トイレの個室で着替え

 俺は女子トイレにいた。

 まあ、実際見た目も女子、一応妹だと思われてるわけの俺が女子トイレにいること自体はなんの問題もない。

 いや、問題がないわけがないわけじゃないけどない。ないと言ったらない。

 というわけで、俺が女子トイレにいることは一旦どこかに放り投げるなり、放置しておくなりしておいて、目前の問題の解決が先決だったりする。

 というのも、この女子トイレの中という閉鎖空間に、俺は一人でいない。おれとして学校に来てる妹がそこにいる。

 そして、兄妹おれたちがここにいる理由、それは体育の着替えのためだった。

 そもそも、なぜ一緒のトイレにいるのかと言えば、この女子トイレ内に他の利用客、つまりは本来の用途で来た女子数名がなぜか滞在してることにあった。

 いや、滞在してることは結果的な要因でしかないわけなのだが……。

 体育の着替えをどうするかで悩んだ兄妹おれたちは女子トイレですることにした。それも、滅多に人の来ないような場所で。

 その結果、これまで上手くいってたというのもあり、本来の利用客が来るとも予想してなかった。ゆえに、誰か入ってくるとわかった途端、急いで個室に隠れたのだ。

 そして、大半の疑問である妹が一緒にいる理由、これはわからない。というのも、俺に妹の言い分を理解する脳はなかった。

 一つの場所であれば見つかる確率が下がるということで、現状は勝手に納得している。本当の理由は知らない。

 まあ、そんなわけで個室に二人というやべぇ状況で、さらには着替えもできずにどうするかということに陥ってるわけだった。次は体育であるというのに。


「ねぇ、にぃ。さすがに遅れるのはまずいよね?」


 コソコソと、外には聞こえないような声で妹が話しかけてくる。

 まあ、たしかに遅れるのは問題だ。理由なんかは知らないが、体育科の先生は厳しいし。怒られるのは嫌だ。


「でもどうするんだ? 外にはまだいるみたいだし、今ここで着替えるにはお前がいるし」


「にぃ、制服の下に体操着とか着てないの?」


「いや、着てるわけないだろ。てか、なんで着てくるんだよ」


「使えな」


「なんでだよ!」


「にぃ、大声出すとバレるよ。静かにしなきゃ」


 そう言われて思わず口を抑える。それにしても、どうすればいいか。


「とりあえず、スカートの下に体操着のズボンだけ履いて」


「は? なんで?」


「いいから、そうすれば上は普通に着替えたらいいし、にぃはそれで着替えられるでしょ」


「ああ、たしかに。でも、お前は?」


「……はぁ。にぃが着替えれば、自ずと私も着替えられるでしょ」


 妹はそう、呆れたように吐き捨てる。

 言われてみれば、俺が着替え終わればなんとかなるか。


「あっ、でも着替え終わっても外に人がいたら俺、出れなくね?」


「そんなのいいからとにかくにぃは着替える! 時間だって有限なんだから」


「はい」


 そんなわけで、妹に見られながらスカートの下にズボンを履く。その構図、冷静に考えたら普通にヤバい状況だよな、なんて思う。


「にぃ、なに考えてんの? せっかくかわいくメイクした顔が台無しどころか、キモいんだけど」


 妹の言葉のナイフにより、俺は心に深いキズを負いながらも、とりあえず着替えることにする。

 そこで、昼休みの出来事を思い出す。


「なぁ、川和かわわ。転校生知ってるよな?」


「そりゃ、同じクラスだからね。にぃだって同じクラスなんだから知ってるでしょ」


「そりゃそうなんだけどさ、名前なんていってたか思い出せなくてさ」


「名前? えっと、たしか波江花架なみえはなか、じゃなかった?」


「ああ、たしかそんなんだったわ」


「それがどうしたの?」


 そこで、さっきのことを妹に言うか悩む。

 いつもだったら、きっとすぐに妹に言っていた。けど、今回は言わない方がいい気がする。

 ただの直感だけど、その方がいいと告げている。

 それに、ただの偶然の可能性だってある。だって俺と妹は双子の兄妹きょうだいなんだ。

 言うにしても、もう少し彼女のことを知ってからの方がいい。

 そんなわけで、妹にはほんとのことは話さないことにする。


「いやー、その転校生にどこか見覚えがあったから、どこかであったかなって」


「見覚え? 私は知らないけど。てか、それにぃの気のせいとかじゃないの? 他人の空似だよ、きっと。ほら、世界には自分と同じ顔の人が三人はいるみたいだし、似てるだけだって」


「それもそっか」


 とりあえず、ここではそういうことにしておく。

 名前も知れたわけだし、それも大きい。

 まあ、朝の時間にちゃんと聞いておけば、最初っから知らないなんてことにはならなかったのかもしれないけど、それはそれだ。

 そんなわけで、俺は着替え終わる。


「ちゃんと着替えられたようで私は嬉しいよ」


「なんだよ、そりゃ着替えられるだろ。子どもじゃないんだから」


「にぃは子どもより子どもだけどね」


 妹に好き放題言われ、地味に腹が立つ。と、そこであることに気づく。


「まあ、お前の体型も子どもみたいだけどな」


「はっ?」


「すみません」


 妹からマジの凄みを利かされ即座に謝る。妹様を怒らせてはいけない。


「とにかく、にぃはとっとと出て」


「ああ、そうだった。でも、まだ外にいるくね? 話し声とかするし」


「大丈夫。にぃはパッと見女の子だから」


「なんか複雑なんだけど」


 気持ち的にはあまり嬉しくはないが、ここにいても埒があかないので外に出ることにする。


「あっ、にぃ」


 と、出ようとして呼び止められる。

 なんだよ、と思いながら振り返った。


「先生に、私は体調が悪いから保健室って言っておいて」


「大丈夫か?」


「まあ、軽い貧血みたいなものだから」


 貧血。

 そこでふと、また俺の頭は悪いことを考える。


「もしかして、生理?」


「ノンデリカシー! てか、にぃ。それ、セクハラだからね? 兄妹きょうだいだろうがなんだろうが、セクハラは成立するんだからね?」


「いや、ほんとにすいませんした」


 全く、悪いことだとわかってるんだから、言わなければいいのだ。だいたい、言っちゃダメだとわかってるのに言うやつがどこにいるんだという話だ。

 まあ、ここに居たわけなのだが……。

 とにかく、今後は気をつけよう。そう思う。


「それじゃ、ノンデリカシーのにぃは行った行った。それと、先生にはちゃんと言っておいてよ」


「生理って?」


「ぶち殺すぞ」


 そんな妹の言葉とともに外に出る。

 案の定、外には女子生徒が数名いたが、誰も俺が男だとは思ってないようだった。

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