三章 転校生がアイドル声優であることを女装してる俺だけが知っている

十一話 間接キスとレモンティー

「ねぇ、愛莉珠ありす。私ね、ちょっと知りたいことがあるんだ」


「こんな人目のない場所でなんですの?」


 昼休み、俺たちは校舎裏にいた。

 他の人の目がある場所でおいそれと俺の声を聞かせるわけにもいかないしな。


「前に、私の生徒証を愛莉珠ありすが拾ってくれたことがあったよね?」


「ええ。それがどうしましたの? あのときのおかげで、今では佐倉さくらさんとは仲良し! あの生徒証は私たちを一つにしてくれた恋のキューピット的ななにかに違いないですわ!」


 八割なに言ってるのかわからないがとりあえず理解はできた。

 つまりは、仲良くなるきっかけだったということだ。


「でも、それがどうかしましたの? 落ちてた物を拾い、それを持ち主に返す。この話はこれで終わりではなくて?」


「うん、そうだよね。それが普通だよね」


 普通なら愛莉珠ありすのその疑問は正しいし、それぐらいあっさりとしたもの。

 けど、俺には一つ疑問がある。

 この、なんてことのない話の一番の疑問、それは生徒証が落ちてたというところだ。

 昨日の夜、妹に言われて初めて気がついたのだが、俺は生徒証を鞄の中に仕舞っていたのだが、まず開けない場所に入れていた。

 そして、なにより落ちてたと言われた前日の朝にはそこにあったというのだ。

 妹が言ってるのだ、間違いない。

 とまあ、そんなことがあったわけで落ちてたというところに納得がいかないわけだった。


「? それで、なんですの?」


「どこで拾ったの?」


「生徒証をですの?」


「そう」


「えっと、たしか~、ラウンジですわね。あそこに落ちてましたわ」


「行ってないんだけど?」


「えっ! えっと、えっと、そうですわね、もしかしたら購買かも?」


「私ね、生徒証は落ちてたんじゃなくて、誰かさんが一度、盗ったんじゃないかなと思ってるんだよね」


「だ、誰かさんとは?」


「それはもちろん、ね?」


 俺は彼女にニコヤカな笑顔を向ける。

 わかってるだろ? と。この状況でしらばっくれるわけないよな? と。

 そう圧力をかけるように。


「わ、わたくしじゃ──」


「うん?」


「ワタクシデスワ。私ですわよ! そうですわ。つい、出来心だったんですの! 仲良くなるきっかけを探してるとき、落とし物を拾うことを思いつきましてね? それで、普段使わないところのものならバレないかなと思いまして」


 なぜそこでバレないと思ったのか。

 全くもって俺には理解できない。

 が、しかし。確かに最初、というか妹に言われるそのときまで疑うことすらしなかった。

 つまりは、そういうものなのだろう。


「はぁ。レモンティー」


「?」


「もうしないって約束するなら、レモンティーで許してあげる」


「ゆ、許してくれるんですの? こんな、浅ましい私なんかのことを?」


「そうだよ。友達だからね。でも、もうしないでよ? 親しき仲にもなんとやらってね」


「レモンティーでしたわね? 今すぐ買ってきますわ!」


「いや、別にそんな急がなくてもいいけど……。いや、今すぐのがいいか」


 俺がそう言うと愛莉珠ありすは走って行ってしまう。

 俺は心の中で一人こうごちるのだった。

 なに泣いてんだよ、と。


 それから足音がしたので、少し早いけど戻ってきたのかと思い振り返ると、そこには転校生がいた。


「女の子を泣かせるなんてよくないですよ?」


「いや、別にあれはそういうのじゃないですよ」


「そうなんですか?」


「そうです」


 間が悪い。なんとなくその子とは話しづらい。

 けれど、やっぱりどこかで一度会ったことがある。それも、つい最近のことだ。


「どうしました?」


 一瞬、どうしようか迷ったが聞くことにする。


「あの、どこかであったことあります?」


「う~ん、そうですね。あると言えばあるかもしれませんね。まあ、この形では初対面ですが……」


 なんともどっちつかずの返事に俺は困惑する。

 でも、そう言うからにはきっと、過去にどこかで会っているのだろう。


「そうですね、とりあえず私はこれで失礼しますね。次は体育ですから。あっ、そうそう。今日の放課後空いてます? ぜひ、お友達になりたいので放課後デートでも如何がですか?」


「デートだなんて。でも、すいません。放課後はすでに兄で埋まっているので」


「あら、そうなんですね。仲のいい双子の兄妹きょうだいで羨ましい。それでは、今度こそここで失礼して」


 それから俺の横を通り過ぎようとした彼女は耳元で「お兄さん、それでは」そう言った。

 思わず振り返りそうになるが、なんの反応もしないようつとめる。

 あの言葉は偶然、か? いや、わかるわけがない。

 今まで一度もバレてない。それも一番長く接してる愛莉珠ありすにも気づかれてない。

 それなのに転校生が初日でその正体を見破れるはずがない。

 だからきっと、さっきの言葉は偶然だ。

 でも……。

 ならあの言葉はなんだったのか。

 その疑問が頭の中にぐるぐると残り、モヤモヤする。


「……倉さん」


 それなら、やっぱりあの言葉は──


佐倉さくらさん!」


「えっ? あっ、えっと、なに?」


「頼まれてたレモンティーを買ってきましたの。それよりも佐倉さん、ぼーっとしてられましたけど大丈夫なんですの? あれでしたら、私がなにかあったとき行く病院にでも──」


「うん、大丈夫。全然平気だから」


 いつの間に帰ってきてたのか、そこには愛莉珠ありすが両手で大事そうにレモンティーを持って立っていた。


「でも!」


「気にしないで、大丈夫だから」


「まあ、佐倉さくらさんがそう言うのでしたら……」


 それから、俺は彼女からレモンティーを受け取るとさっそく開け、ゴクゴクと飲む。

 ほどよい甘みが口いっぱいに広がった。


「はい」


「えっ?」


 俺が彼女にレモンティーを渡そうとすると彼女は困惑した表情を見せる。


「走って喉も乾いたでしょ? 一口あげる」


「でも、それは──」


「私がいいって言ってますけども?」


 そう俺が笑いかけると彼女も嬉しそうにそれを受け取ってくれた。それから彼女は一口飲み返してくれる。


「どう、おいしいでしょ?」


「ええ。やはり、佐倉さくらさんとの間接キスができるだなんて美味しすぎますわ」


「おいそこ、反省してないな? 普通に私欲を満たしてるな?」


「ちゃんと反省してますわよ。私欲は別腹ですわ」


 とりあえず、そういうことにしといてあげることにする。

 そしてさっきの言葉も、今は気にしないことに決めた。

 だいたい、考えたところでそんなことわからないんだから。

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