二十三話 ミモザ

「いったい私になにをしろというんですか? まさか……っ!」


「中身が男だと知ってる状態でその言葉を聞くと少し吐き気がしますね。私とのお話のときはやめてもらえませんか」


 正直、言ってる俺としても気分はよくない。というか、なんでこんなこと言ってるのかと言えば、お約束というか、こういうときに女の子がする反応といえばこれ! みたいな感じだからという、どうでもいい理由からである。

 つまり、別にこんなことは言わなくてもいいのだが、ノリで言ってみたというだけだ。


「そんなこと、私が一番わかってますよ」


「そうですか……。そういうことなら仕方ないです。でしたら敬語だけでもやめてもらえませんか?」


 そう言われて、警戒してたからか無意識的に敬語で話してたことを理解する。

 初対面ではないわけだし、敬語はおかしいか。

 いや、そうでもないだろ。女の子同士だとどうなのか知らんが、そこまで深い仲というわけでもないヤツとの会話だったら敬語になるだろう。

 それに、俺の今のキャラは人見知りで恥ずかしがりやのキャラなんだから、あまり面識のないヤツと話していて敬語じゃなかったら少し不自然でもある。


「別に仲がとかでなく、私と敬語キャラ被ってるのでやめて欲しいだけです」


「いや、私がさきにこの学校いたので、被ってきたのはそっちでしょ」


「今ので敬語なくなったのですからいいじゃないですか。ただのファッション敬語なわけですし」


「ファッション敬語ってなに?」


「ファッションビッチの敬語バージョンです」


 すごい言われようではあるが、あまり間違ってないので強く否定することもできない。

 てか、敬語キャラなのにファッションビッチって。いや、言葉として使ってるだけだからそこまで変というわけでもないけど。でも、ビッチって。女の子がビッチって。曲がりなりにも美少女が……。

 自分の中のなにかが壊れていくような音がする。


「で、私に協力してもらえるんですか?」


「なにするのかだけ先に教えて」


「なにするかですか」


「私の川和かわわさんに、なにをさせようとしているのですか?」


愛莉珠ありす……!」


 どうしてここにいるのかはわからないけど、そこには愛莉珠ありすがいた。たしか愛莉珠ありすはお昼は集まりがあると言っていたはず。まだそんなに経ってもいないし、愛莉珠ありすがここに来るのも少し不自然だ。


「よくここにいるとわかりましたね、愛莉珠ありすさん」


「集まりなんてなかったものですので」


「私はここで失礼しますね」


 そう言って俺の横を通り過ぎようとしたところで、彼女は小声でこう言った。


「また今度、お話しましょう。次のときにでも返事を聞かせてくださいね」


 めまぐるしく過ぎていく状況になにが起きてるのか理解が追いつかない。

 そうして、最後に残ったのは俺と愛莉珠ありすと、彼女から香っていた甘くて優しい香水の匂いだけだった。


愛莉珠ありす、集まりがなかったなら一緒に昼ごはん食べよう」


「そうですわね。早くしないと時間もないことですし、ぜひ川和かわわさんの弁当をご一緒に──」


「なにを言ってるの?」


 唐突にそんなことを言い出す愛莉珠ありすに、ただでさえ混乱してる頭が悲鳴をあげる。

 とりあえず、俺は手元にある弁当を死守するためにぎゅっと抱きしめる。


「ああ! 弁当がうらやましいですわあぁぁぁ!!!」


「いや、ほんとになに言ってるの!?」


川和かわわさんに抱きしめられるなんて弁当がうらやましいと言っているんですわよ!」


「うん、それは理解してるよ。というか、人気が少ないからってそういうこと連発して言わないで」


「いいじゃありませんの。わたくし川和かわわさんの愛を育むんですわ!」


「あと、ちょっときもいよ……」


「なっ……!」


 最後の言葉がかなり刺さったのか、さっきまでの暴走は一旦止まる。いや、もう再発しないで欲しいけど。


「ほら、早く弁当とってきなよ。一緒に昼ごはん食べよ?」


川和かわわさん、私のこと嫌いになってないんですの?」


「嫌いに? なんで?」


「私のこときもいって」


「ちょっとウザいと思うことはあるけど、キモいのは元からだしね。前にも言ったけど、そんなことじゃ嫌いにならないよ」


 もし、この関係が終わりをむかえるならきっと、離れてくのは愛莉珠ありすの方からだろうし。


川和かわわさん、最高ですわ!」


「さんとかもいらないんだけど……」


「いえ、川和かわわお姉様!」


「それはやめて」


川和かわわお姉さん?」


「それもやめて」


「でしたら川和かわわさんしかありませんわね」


「……まあ、いいかな」


 他のよりはマシか。結局いつものに落ち着いたけど。


「それじゃ早く行くよ」


「はい、川和かわわさん!」


「お昼抜きなんてことになったら午後持たないからね」


 俺がそう言うと愛莉珠ありすはくすくすと笑い出す。俺はちょっとムッとしながらも、彼女のあまりに上品な笑い方に少しおかしくて、ついつられて笑ってしまう。


「どうして川和かわわさんまで笑ってるんですの?」


「そっちこそどうして笑ったの?」


「それは、さっきの発言が川和かわわさんらしいなって思ったんですわ」


「それじゃ一緒だよ。愛莉珠ありすの笑い方が愛莉珠ありすらしいなって思ったからつい笑っちゃったの」


「それはどういう……?」


「わからないならいいよ」


 それだけ言って、俺は彼女の手を掴むと引っ張って行くのだった。

 始まりとはいつも穏やかなものなんだよな、なんて思いながら。

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