二十二話 花奈未夏織

 その日、妹はまだ登校して来ていなかった。

 クラスメイトの何人かにはそれで話しかけられもしたが、私は一言も話すことはなかった。

 というのも、休み時間になると愛莉珠ありすがすぐに私のもとまでやってきて、私の代わりに会話してくれていた。どうやら、人見知りという設定は未だ現存のようで、それに俺は乗っかっておいた。

 そうして昼休みを迎えたのだが、愛莉珠ありすはクラスの代表としてのお仕事があるということで、今日は俺一人で昼食を取ることになった。

 俺はいつも通り、人気の少ない場所に向かっていると、見覚えのある子を見かける。

 その人は誰かと話してるのかと思ったけど、そこには一人しかいない。そこで、彼女が電話してるのだということを理解する。


「今日は行けません。そう言いましたよね?」


 そんな声が聞こえてきた。

 そして、その声でその人が誰なのかわかる。

 遊園地で会った妹の後輩。花奈未夏織はなみかおり。その声は間違いなく、彼女のものだ。

 でも、彼女はこの学校にいただろうか。

 クラスメイトは覚えてるが、他クラスまではあまり覚えてない。

 もしかしたら他クラスの生徒なのかもしれない。

 少しの興味本位は俺が彼女に声をかけるのに十分すぎた。


「あの」


「ひゃっ」


 そう俺が声をかけると、可愛い声とともに驚いた彼女はスマホを床に落とす。それを俺が拾うと、どうやら通話はすでに終了してるらしかった。

 ただ、画面に映ったその文字に、俺は違和感を覚える。

 そして、彼女にスマホを渡すのと同時に、彼女の顔を見てその違和感は確信に変わった。

 そして、一つの結論に至る。

 確信を持って俺はそれを口にする。


「落ちましたよ、花奈未夏織はなみかおりさん」


 俺を見た彼女の瞳は動揺と諦観に満ちていた。

 それでも、最後の抵抗とばかりに彼女は予想通りの言葉を口にする。


「私は波江花架なみえはなかですよ」


「そうですね。でも、花奈未夏織はなみかおりさんでもありますよね」


「そうですか。そうですね」


「それじゃ、私はこれで」


「ねぇ、お兄さん。行っていいんですか?」


「……っ!?」


 あのときは偶然の可能性もあった。

 けど、正体を知ってる状態でのその言葉は確信を得ての、そして、妹、つまりは川和かわわ桜川穂さくらがわみのりであることを知ってるからこその言葉であることはわかる。


「私は別にいいですよ。少し面倒くさいだけですから」


 その言葉には暗に、いや、もろにあなたは大丈夫なんですか? 女装して学校に通ってるなんてことをいつバラされるかわからない状態でいるのは、と問いていた。


「ねぇ、お兄さん。ほんとにこのまま行ってもいいんですか?」


 そう言われては、俺は止まるざるをえなかった。


「なんの話をしたいんですか?」


「そうですね、少し私に協力して欲しいんです」


 そう言った彼女は平然とそう言った。

 今はまだ、俺しか知りえないこの事実をどうしようと構わないからと。

 代わりに黙っていて欲しければその対価を寄越せと。彼女はそう言ってるのだった。そのときの彼女の表情は獲物を見つけた獣にも似たもので、俺はそれにただただ恐怖を覚えていた。

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