二十一話 毎日の彼女

 春も終わるという頃、俺は一人で学校への道を歩いていた。

 いつもは隣に男装する妹がいるのだが、今日はいない。妹は現在、お仕事に行っている。

 朝早くからの仕事だったらしく、今日は学校に遅れてくるとのこと。

 そういうわけで、俺は珍しく一人で学校への道を歩いていたのだった。

 妹が朝早くからの仕事だったせいで、俺もまた早くに起きることになってしまった。だから、今日はいつもよりも早くに学校へ行くことにした。

 その結果、学校の近くまで来ても、まだ高校の生徒はほとんどいない。

 チラホラとはいるが、いつもの登校風景と違いとても静かで、少し神秘的な雰囲気がある。

 じっとりとした、そんな風が通り抜けていく。

 もう梅雨なんだなと、そんなことを感じさせる風に、少しだけ憂鬱な気持ちを覚えながら、教室へと歩いてく。

 階段の上り下りだけで息を切らせてた俺は、少しの間息を整えると、こんな時間じゃ誰もいないだろうと思いながら教室のドアを開ける。

 教室の中には予想通り一人もいなかった。

 一番乗りだと思うと、なんだか特別な気分になる。

 そうして、座席に座ろうと歩き出すと、俺は後ろから声をかけられた。


川和かわわさん、ですの?」


「えっ?」


 振り返ると、そこには愛莉珠ありすが立っていた。


「今日はお兄さんとはご一緒ではならないんですのね」


「う、うん。えっと、おはよう」


 まだ誰もいないと思ってただけに、少しびっくりする。

 まあ、学校に来るときもチラホラとはいたわけだし、早くから学校に来てる人がいても、なにも驚くことではないか。

 視線を動かすと、彼女の手にはなにもない。今日はリュックなのかと思って見てみるも、なにも持っていない。

 お嬢様だからお付きの人がそういうのは持ってくるのだろうか? いや、一度もそんな様子は見たことない。

 行きがどうなのかはわからないが、帰りは自分て荷物を持って帰るところをよく見てる。

 それから考えるに、お付きの人がということはないだろう。

 だとすると、彼女はどうして荷物を持っていないのだろうか。大胆に忘れてきたとか、そういうことはないと信じたい。


「うっ、ううん」


「どうしましたの?」


「あっ、その、荷物どうしたのかなって?」


「荷物? ああ、私さきほどまでトイレに行っておりまして。学校にはもう少し前に着いておりましてよ」


「そ、そうなんだ」


「ですから、荷物はすでに座席に──」


 そうして彼女は座席の方を指差す。しっかとそこを見ると、一つの座席に荷物が置いてあるのが見えた。


「こんな早くからなにしてるの?」


 純粋な疑問から、そんな言葉が口をついて出る。こんな早くから学校に来るなんて、どんな理由があるんだろうか。

 傍から見たら俺が早くに来る方が珍しいはずだけど。


「私、これでもこのクラスの委員長でしてよ。ですから、ほらあそこにある──」


 そう言いながらクラスの一角を指差す。そこには、植物があった。今まで気にしたこともなかったから、そんなものがあるなんて初めて知った。


「あれの水やりをしたり、教室などの掃除をしておりましたの」


「もしかして、毎日?」


「そうですわね。たまに、寝坊したりすることもありましたけど、基本的には毎日していますわよ」


 思ったよりも真面目な彼女に、失礼ながらも少し意外だと感じる。彼女が委員長だというのは知っていたけど、そこまで彼女がちゃんと委員長していたのだというのは知らなかった。

 そう思うと、彼女へ隠し事してることに少し罪悪感に似たものを覚える。


「それで、川和かわわさんはどうしてこんなに早くに? 私の記憶が正しければ、これまでになかった思いますけど」


「ああ、うん。今日はちょっと早起きしたから」


「お兄さんはどうなさいましたの?」


「あー、えっと……」


 どう答えるべきか悩み、一瞬考える。


「私が早起きしただけだから、それに付き合わせるのは悪いかなと思って」


「あー、そういうことだったんですわね」


 すぐに彼女は納得してくれる。

 まあ実際、兄妹きょうだいだからといって毎日一緒に登校する必要はないわけだし、そんなもんなのかもしれない。


「二人っきり、ですわね」


「きも……」


川和かわわさん!?」


「えっ? あっ、えっと……」


「現状を伝えただけでしてよ? 教室内に二人っきりだったからそう申しただけで」


「あー、うん。わかってるから」


「ほんとのほんとに、特に他意があるわけではありませんのよ?」


「うん」


「二人っきりであることに乗じて、川和かわわさんに色々言わせたりとか、そういうことをしようとか思ってませんわ」


愛莉珠ありす?」


 急に本音を漏らし始める彼女に、俺は思わずジト目を向ける。

 まったく、さっきまでの真面目な彼女を返して欲しい。あれだけのことをしておいて、それを他の誰かに言うことのない彼女を。


「そのジト目、最高ですわ!」


「せっかく愛莉珠ありすのこと見直してたのに」


「えっ?」


 彼女が「ちょっと待ってくださいな」と言って俺に詰め寄って来たりしてると、時間もかなり経っていた。

 そうして、他の生徒も登校し始めてきた。

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