二十話 崩壊と抱擁
目の前には妹が一人。トイレの個室という状況は相変わらずのまま時間は刻一刻と過ぎていく。
別に出ないわけじゃなかったはずなのに、だんだんとしたくなってくる。
けど、妹に見られてるこの状況では出してはいけないと頭がストップしてくる。
「にぃ、まだなの? 早くだしちゃってよ。私が見ててあげるから」
「そのせいで出せないんだって」
「ふーん。それじゃ、にぃが我慢できなくなるまで私が見ててあげる」
妹は一切折れる気がないのか、俺のことを見つめながらそんなことを言う。その表情は少しうっとりしているような、そんな気がした。
それにしても、今日に限ってどうしてこんなにも妹が粘着してくるのだろうか。
別に今日が特別な日とか、そんなことはない。
なんてことはない日のはずだ。
家帰って来たときも、今も、いつもの妹と明らかに違う。
いつもふざけてるし、言動自体はおかしいことが多いとは思うけど、そういうことじゃなく。
と、いい加減出そうになってくる。
くっ、さすがに妹に見られながらだすというのはちょっと。でも、我慢するのも限界に近づいてくる。
最初は出ないわけでもないという感じだったのに、できないと思うとしたくなってくる。
「にぃ、別に我慢しなくていいんだよ? ほら、出しちゃいなよ」
そう言って妹は俺にするよう促してくる。
その言葉に俺もどんどん我慢できなくなってくる。
「なぁ、やっぱり出てくれないか?」
「なにを今更。いいから早く出してよ」
「ぐっ……」
「だいたい、体にも悪いよ?」
それから数秒と我慢するも、妹は俺を見ながら早く出してと目で訴えてくる。
俺は俺で我慢の限界が近づいてくる。
そうして、ついに俺の限界がきた。決壊したダムはただただ放水するだけ。その様子を妹はどこか恍惚とした表情で見ている。
「にぃ、やっと出してくれたんだね」
そう言って妹は嬉しそうにする。
男女、それも
二人してトイレから出ると、俺は手を洗い、妹は満足そうな表情で俺についてくる。
そんな妹に、俺は直接聞くことにした。
「なぁ、どうして今日はそんななんだ?」
「そんなってなに?」
「なんというか、いつもとは違う気がした。それがどうしてなのかと思って」
さっきトイレする前に思ってたことを、俺は手をふきながら妹に問いかける。いったいどうしてなのか? と。
「うーん、いつもと違う、ね。それはたぶん、にぃが離れてく気がしたから、かな」
「離れてく?」
「そう。にぃが独立して、私のもとを離れる日がそのうち来るのはわかってるけど、今はまだ二人でこうしていたいから。高校生のうちだけど、二人だけで」
妹はどこか遠い目をしてる気がした。
はっきりとはわからない。言葉とか、ニュアンスからそんな感じがしてるのか、それとも妹のその雰囲気からそう感じてるのか。
けど、それでも、妹はどこか寂しそうで、儚く、今にも消えてしまいそうな、そんな感じのする佇まいだった。
「なーんてね☆」
妹はそう言ってニコッと微笑むと、俺を見ながら手をパタパタとふる。元気いっぱいに振る舞う妹の姿はいつも通りのようで、無理してるようなそんな感じがする。
空元気、そんな言葉が脳裏に過ぎる。
だからなのか、俺は気づいたら妹のことを抱きしめていた。強く強く、俺はなにも言わずただ抱きしめる。
「ちょ、ちょちょちょ。にぃ!? どうしたの?」
そんな妹の戸惑いの声を尻目に俺は無言を貫く。
なんて言えばいいのかわからなかったから。どう言葉を表現すればいいのかわからなかったから。だから、ただ無言を貫く。
「もう、妹がかわいすぎて襲いたくなっちゃった?」
「そうなのかもな」
妹のからかいにあえてノッて即答する。妹はそれに驚きながら、「ほんとにどうしちゃったの?」と相変わらず困惑する。
それに対して俺はどう思ってるのだろうか。今の自分はなにを思ってこんな行動をとってるのだろうか。
自分でもそれはわからない。けど、妹を愛おしいとそう感じてるの確かだった。
「なんでだろうな」
そう俺はポツリとつぶやく。
「なにが?」
「なんか、わからないんだ。どうして俺がこんなことをしてるのか」
「なにそれ」
「でも、これが正解な気がする。こうすることが一番正しいと、そう思える」
「妹に抱きつくことが」
「そう」
俺はなにを言えばいいのかわからないから、ありのままを伝える。妹はそんな俺に呆れながら、ただただ一言こう言った。
「おかしいよ、にぃ」
「おかしいのはお互い様だ」
それから俺たちはしばらくの間、そうやって抱き合っていた。そこには確かな温もりがあって、たしかになにかが伝わった気がした。
そのあと、妹に椅子にされることはなかった。それから妹には「あーあ。なんか白けちゃったし、今回のことはこれでまっさらに忘れてあげる。だから、これからはちゃんとやってね」そんなことを言われて、解放されることになった。
俺は二度目のお風呂に入り、今はベッドに寝転がっている。
これからどうするか、それを考えていた。
俺たちに対する害はほとんどないし、まだなにも起きてはいない。けど、嫌な予感がする。
対処しないわけにはいかない。
どうんなに考えてもいい案は浮かんでこない。
俺は諦めて寝ることにした。未来のことは未来の俺がどうにかするだろうからと。
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