二十八話 好き違い

「えっと、なんて?」


 俺は聞き返していた。

 理解できなかったから。彼女の言葉を聞き間違えたのだと、そう思ったから。


「だから、川和かわわさんが好きだと言ってるんです」


「いや、どういうこと? 俺のことが好き?」


「はい? なに勘違いしてるんですか?」


「うん?」


 意味がわからなかった。川和かわわさんが好きって言ったのに、どういうことだ? いや、どういうこともなにもない。

 つまりは、そういうことだ。彼女が言ってることは。


「あなたの妹の方に決まってるじゃないですか」


「それで、具体的になにをすればいいの?」


「そうですね……」


 彼女はそう言うと、考え込んでしまう。

 一体、なにをそんなに考え込んでるのかは知らないが、きっと攻略するための方法でも考えてるのだろう。


「……ふ、ふふ」


「どうした?」


「いえ、なんでもありません」


「それならいいけど。なにすればいいか決まった?」


「はい。とりあえず、私と付き合ってください」


 はい?

 さっきから彼女の言ってることは理解の範疇はんちゅうを超えている。


「えっと、つまり俺と付き合うってことでいいの?」


「そうです。川和かわわさんと付き合うという話です」


 どうやら学校の中でのことを言っているというのはわかった。

 でも、周囲からは女の子同士で付き合ってるということになるはずだ。それに、妹にもどう説明すればいいのか。


「なあ、それはニセモノの俺と付き合うんじゃダメなのか?」


「付き合える可能性が低いので、この方がいいかなと」


「たしかに」


 あれだけのイケメンに仕上がってるのに、誰かから告白されたという話を聞いたことがない。どこかで圧力をかけているグループがいるんだとしてもおかしくはない。

 それに、あの妹のことだ。告白されても断るだろう。めんどくさい、いや、正直に言って迷惑だから。

 そう考えると、彼女は妹のことをよく理解している。俺なんかよりもずっと。


「それで、周囲に公言するってことでいいんだよね?」


「はい。そのつもりですが、いいんですか?」


「いいよ」


 俺は即答した。

 ここで嫌だとごねたところで仕方ない。

 だいたいそんなことなんてことない。


「不思議な人ですね。てっきり、嫌がるかと」


「嫌がる顔でも見たかった? それなら残念だったね」


「いえ、そういうわけではないですけど」


 彼女は少し困った顔をする。初めて見せる彼女の表情に、そんな顔もするんだ、なんて思う。少しは理解わかることができたのかもしれない。


「それじゃ、せっかくなのでキスしましょう」


「は、なんで?」


「それは、彼氏彼女のすることなんてキスかセッ■スの二択でしょう」


「なんでだよ!!」


 やっぱり理解わかってはいなかった。こんな思考回路の言ってることが理解できるわけがない。


「冗談ですよ」


 そう言って彼女は俺の頬にキスをしてくれた。俺にとっては初めてだとしても、軽いノリのそれだ。

 ただ、心臓は妙にドキドキしてくる。


「どうしました?」


「なんでも」


 そう言えば、彼女もかわいいのだということを思い出す。言わば美少女。


「本気で私に恋しないでくださいね。私が本当に好きなのは──」


「わかってる」


「まあ、私が声優であることを知ってるのはお兄さんだけですが。いえ、お兄ちゃん」


「お兄ちゃんはやめてくれ」


「ふふ、すいません」


 イタズラ好きな子ども、そんな表情を見せながら彼女は俺をからかった。そんな彼女にドキドキしてることを隠すのが俺には精一杯だった。

 それから、彼女は一曲歌うと、今日の話は終わったということなのか、そのままカラオケの個室を出ていってしまう。

 俺はソファーに横になり、目を閉じる。なんとなく、彼女はここに座ってたんだよな、なんてきもいことを考えながら、温もりを感じる。

 すぐに、そんなことがバカらしいと思うと、おもむろにスマホを取り出しソシャゲを開く。そのまま荷物をまとめ、一曲歌うと、妹がいる家に帰るのだった。

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