二十七話 カラオケ
「思ってたよりも歌がお上手ですね」
「一言余計だが、ありがとう」
なんでか、普通にカラオケを満喫していた。たしか、話があるからここに来たはずだったのだが、すでに三曲歌い楽しんでる俺に催促する資格が果たしてあるのか。
「女声で歌わなくていいんですか?」
「お前しかいないんだし、別にいいだろ」
からかってるのか、少し楽しそうにそんなことを言う彼女に、もうなにを考えてるのかわからなくなる。
いや、一度も分かったことなんてない。
分かるわけがない。他人の思考なんて、分かっていいわけがない。
「それがお兄さんの素なんですね」
「そうだよ。悪いか?」
「いえ、別にいいですよ。その方が清々しいというもんです」
彼女は俺の目を見てるようで、見ていない。俺と話してるようで話してない。
ずっと目が虚ろで、上の空のようだった。
「それより、お前の方はいいのか?」
「なにがですか?」
「いや、ずっとスマホ鳴ってるだろ」
「別にいいんですよ」
俺がさっき歌ってるときからずっとそれは鳴っていた。というか、あれをどうしてここまでスルーしてきたのか。何食わぬ顔で話してるから、俺にしか聞こえてないのかと思っていた。
どうやら、違うみたいだけど。
「とりあえず、電源だけでも切っておいてくれないか?」
「それもそうですね」
そう言うと今さらのように電源を切る。
一体、誰からの電話だったのか。少し気の毒に思いながらも、本人が気にしてないのだからいいかと思うことにする。
「それで、その、話だったよな」
「そうですね。ただ、まだ心の準備ができてないので少し待ってくれませんか?」
「心の準備?」
「そうです」
心の準備って、いったいなんだろうか。
イメージとしては、告白だけど……。彼女が誰かに恋をしているということなのか? それならたしかに異性である俺からにしかわからないこともあるし、接触は一応しやすい。
実際に俺が学校とかで接触するわけにはいかないけど、妹に頼めばそれとなく聞いてくれるだろう。クラスの友人がと言えば伝わるだろうし。
それに彼女が言っていたのは協力して欲しいということだった。もし、協力がそのことなら力になってあげたい。
というか、そんなことで黙っていてもらえるというなら、ありだ。
今は彼女が心の準備がいるということだし、待つしかないがそれも込みで問題ない。
「わかった」
「ごめんなさい。私から話があると言っていたのに」
「いいよ。なにか歌ってもいい?」
「いいですよ」
彼女はそう言いながら俺に曲を入れる機械を手渡してくれる。
なにを歌おうか。すでにアップで必ず歌うと決めてる三曲は歌っている。せっかくカラオケに来てるからなにか歌おうと思ったけど、これというのがない。
どうしよう、なに歌おう。
「なあ、やっぱりなにか歌ってくれないか?」
「嫌です。私、歌うの苦手なんです」
「頼む。ちょっとなに歌おうか迷っててさ」
「なんでもいいじゃないですか。なにか歌いたい曲でも入れてください」
「歌わないやつにそんなこと言われてもな」
正直、俺の今の気持ちにピッタリの曲というのがいまいち見つからないのだ。
別に、なんでもいいと言われりゃそうなんだけど、気持ちを素直に乗せられるような曲を、できれば歌いたい。
「それじゃここは取引です」
彼女はイイ表情をしながらそんなことを言う。
いったいなにを思いついたんだか。あまり良い予感はしない。
「私も歌いますから、川和さんも歌ってください」
「いや、歌ってるだろ」
「お兄さんの方ではなく、
俺はいまいちピンとこない。まさに、なに言ってんだこいつ状態である。
「だから、女声で歌ってくださいと言ってるんですよ」
「ああ、そういうことか。なるほど、そういう」
「で、どうなんですか?」
彼女が言ってたことも理解できた。ただ、女声で歌うというのはやっぱり無理だろ。
ここで歌ってみてのど壊したじゃ意味がない。のどが強い自信はあるが、万が一ということもある。
それに、妹にカラオケでのど壊したとか言いたくない。
「それならいいや」
「ほんとにいいんですか?」
「ここでのど壊しても仕方ないからな」
「そうですか。ですが、私は歌っておいた方がいいと私は思いますよ」
「そりゃ
「私はお兄さんのことを思って言ってますよ」
その目は真剣だった。ウソ一つない、澄み切った瞳。
でも──
「目を逸らしてるのは、私ではなくお兄さんの方です」
「えっ?」
思わずそんな声がでる。俺が目を逸らしてる?
「なんで俺が?」
「さあ、そんなの私は知りません。自分の胸にでも聞いてみてください」
考えてみるも分からない。なにか心当たりがあるということもない。
彼女は本当になにを言っているのだろうか。彼女は今、その瞳になにを映しているのだろうか。
「話が脱線しましたね。すいません」
「それはいいけど……」
「女子同士でカラオケに来るということもあると思うんです」
「はあ。……?」
「そんなときのために歌える曲が一つはあった方がいいと思いますよ。なので、練習だと思って歌ってください」
「練習……」
「それなら万が一のときはあの子にもいいわけできるでしょう?」
たしかに。歌の練習するためにカラオケで女声で歌っていたらと言える。
ふと、彼女を見る。
いつもなにもかも先を見ているのかと思うと、彼女が怖く思えてくる。
それでも彼女の言ってることは正しい。
「わかった。歌う」
「それじゃ取引成立ですね。私が歌っている間に決めちゃってください」
彼女はそう言うと俺の手から機械を取り一曲入れて俺に返した。そんなわけで、機械とにらめっこしながら、彼女の歌を聞くことになった。
◇◇◇
上手く歌えていたか不安な気持ちを隠しながらマイクをテーブルに置く。
「どうだった?」
「そう、ですね。普通に歌えてると思いますよ。のどの調子が悪くないならいいと思います」
「大丈夫。てか、苦手と言ってたわりに上手かったじゃん」
「機械とにらめっこしてて聞いてないと思ったんですが」
「聞くよ。上手だったから、いやでも意識が持ってかれてるんだから」
「そう、ですか。まあ、私は声優ですしね」
少し照れてるのか、視線を逸らされる。かわいい。
「そろそろ話聞いてもいいか?」
「はい。私も覚悟しました。それじゃお話しますね」
彼女はそこで一旦呼吸をはさむとこう言った。
「私、
それは俺にとってあまりに予想外だった。
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