三十話 契約破棄

「それで、どうするの?」


 時間もあまりない。俺は単刀直入で花架はなかに問いかけていた。


「どうするもこうするも、どうしたらいいんでしょうか? こんなの、こんなの、わかりません!」


 どうやら彼女は自分の身になにが起きてるのかも理解してないらしい。「どうしましょう、どうしましょう」と、見たこともない乙女の表情で、まさにそれは恋する乙女のようで、あまりにもかわいらしい。


「まあ、普通に付き合ったらいいんじゃない?」


「普通に……?」


「だってあの流れ、そういうことでしょ?」


「やっぱりそうなんでしょうか? お兄さんの目から見てもそう思いますか?」


「学校でお兄さんはやめてよ」


 ほんとにわかってなかったのか、まだ夢でも見てるとか思っているのか、かわいいことを聞いてくる。

 しかし、あれはそういうことだと俺も思った。妹が芝居をしている以上、どこまでがほんとかはわからないが、あれはほんとのことを言ってる、告白することがあるという雰囲気な気はした。

 いや、違う。わかってなんていない。なにもわからなかった、だからそう思うことにした。空気を読んで。ただそれだけのことだ。空気なんて読んでも仕方がないのに。読めもしなけりゃ、読みもしなかったのに。


「それで、それで! 私は大丈夫だったでしょうか?」


「大丈夫?」


「声とか表情とか、そういうのですよ。ちゃんと受け答えできてましたか?」


「できてたんじゃない? よく知らないけど」


「なんですか、それ」


 明らかに不満そうである。

 しかし、そんなこと仕方ない。協力すると言ってる手前、協力とは真逆と言っていい行為である。俺が悪い。

 そもそも、全然聞いてないのは突拍子もないことを言い出した妹のせいでもあるが、そんなのはただの言い訳に過ぎない。

 それにしても、てっきり俺は最初からあの約束はなかったことにするから、という話なのかと思っていた。

 まだその状況にまで至ってなかったとは、ほんとかわいい。


「全く、ちゃんと協力してください」


「はいはい」


「ちゃんと聞いてください。ちゃんとしてください」


「悪かった。で、どうするの? こっちの約束の方は」


「こっちの約束、ですか?」


「いや、えっと、ほら、その、付き合うって話……」


 自分で言ってても少し恥ずかしくなってきたせいで、最後の方はしょぼしょぼした声になってしまった。

 付き合うとか、そういう、なんていうの? 恥ずかしいというか、照れるというか、恥ずかしいというか……、そういう言葉を滅多に言わないんだから、仕方ないだろ!

 だいたいこれじゃ、なんか俺が付き合いたい、みたいなっ! 別にそういうのじゃないけどさ。

 そんなことを思ってると、遠くの方でガタッという音がなる。なにかと思って見るけど、誰かいる雰囲気はない。


「誰かいるんですか?」


「いなさそうだよ」


「そうですか?」


 そう言いながら、彼女は確認しに行く。

 誰もいなかったのか、なんでもなさそうに帰ってきた。


「それで、付き合うってなんですか? まだそういう話にはなってません。なにを言ってるんですか?」


 ポンコツというか、舞い上がり過ぎてポンコツに拍車がかかってなにもわかってない子になっちゃってやがる。


「だから、昨日っ! 協力がって、カラオケにまで言って話したでしょ」


「えっ? あー、そうですね」


「そうですね、じゃないよ」


「そんなことも過去にありましたね」


「そんな過去でもないけど!?」


 ほんとに大丈夫だろうか。これまでの彼女のイメージが最近はずっと瓦解している。


「それで、取引はどうするの?」


「そうですね、どうしましょう。協力してもらうというのは変わらないんですけど、付き合ってもらう必要はなくなっちゃいましたね」


「そう、だよね」


「とりあえず、今は待機です」


 特に今はすることはないらしい。

 それならそれでもいいのかもしれない。もともと俺にできることなんて、この件ではあまりない。妹の好みだって、妹のことだって、きっとずっと一緒にいる俺よりも知ってるだろう。

 あるとすれば、妹のプライベートな面について、ぐらいだ。


「まあ、私がちゃんと話せてるかとか、そういう面は見てて欲しいですが」


「ごめんって。それじゃ、付き合うってのはなしってことでいいんだよね?」


「そうですね。今のところはですが」


「今のところは」


「まだ直接言われたわけでもないのに鵜呑みにするほど、私はバカじゃないです」


 あれだけのポンコツを披露しといて今さらではある気がするけど、本人がそこまで気にしてないならそれでもいいのかもしれない。


「それじゃ、私は先に戻りますね」


「ちょっとしたら戻ればいいのかな?」


「そういうことです」


「告白されるといいね」


「告白される予定なので大丈夫ですよ」


 お前に出番はもうない、影からのサポートで十分だと彼女は言ってるようだった。だから余計なことはしてくれるな、そう言ってるようにも。

 でも、俺はそれよりも気になってることがある。

 彼女と二人でいるのに、声を偽っていたのは、決して念のためなんかじゃない。

 そこに、彼女が、愛莉珠ありすがそこにいると気づいていたから。


「で、いつになったら愛莉珠ありすは出てくるのかな」


 俺がその場でそんなことを言うと、ゆっくりと彼女が顔を出す。


「さっきは見つかるかと思いましたわ」


 彼女はそう言ってのけた。まるでなんてことないように。

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