三十一話 未来
「で、どこから聞いてたのかな、って聞くのは間違いだよね」
「そうですわね。話の内容は全くわからなかったのですけど、あの人が
本当の俺は女装してるだなんて、思うわけがない。普通は、そうなんだ。そのことを彼女に隠してるという事実に、少し胸がチクリとする。
なんでそう思ったのだろう。彼女と仲良くなったのは偶然、いや、必然か。偶然が生んだ必然。彼女が俺に興味を持ち、アプローチをかけてくれたから、俺は彼女と仲良くなった。
「──わさん」
やり方は少し残念、というかひどいけど。それでも、必然がつながり、彼女と仲良くなれた。
「
そんなことをぼぅーっと考えてると、彼女に声をかけられていた。どうでもいいことに、深く深く囚われ過ぎていたのかもしれない。
「ごめんね。ちょっとぼぅーっとしちゃって」
「大丈夫ですの!? 熱中症とかじゃありません?」
「いや、熱中症って。まだそんな季節じゃ──」
そう言いかけて、いや、そんな季節か、と月日の流れの早さを感じる。ほんと、残酷だよ、この世界は。
つくづく、自分がイヤになる。女装してる自分が。
「ところで、ねっちゅうしょうって、ゆっくり言ってもらえませんこと?」
「なんでよ。熱中症じゃないよ?」
「お願いしますわ」
ねっちゅうしょう。心の中で、ゆっくりと言ってみる。なんか変なことを言わされてるということはなさそう。
それなら、なにを言わせたいのだろうか。
今はそんなことどうだっていいのに、彼女の頼みであるからと、悩んでしまう。ほんと、どうでもいいのに。
「わかった。いいよ」
「それじゃ、お願いしますわ」
「んっ、んん。ねっ、ちゅう、しよ?」
「えっ? あっ、えっと、えっ?」
「そういうことでしょ? 違うの?」
「いえ、そうですけど……」
いつもの言葉遣いも忘れてしまうほどの驚きだったのか、彼女は困惑していた。見てとれるほどに。
それだけに、俺はしてやったりという気持ちになる。熱中症だなんてワード、たしかにこの時季じゃよく聞くかもしれないけど、ゆっくり言うことなんて関係ない。
だからまあ、今から彼女にお願いをするからこそのリップサービス、ご褒美みたいなものだ。
とは言っても、彼女がこうも驚き、顔を真っ赤にしてるさまを見てると、なんだかこっちまで顔が熱くなってくる。思わず、自分の顔を手で仰いでしまう。
そんなことを思ってると、やっと彼女は口を開いた。
「あ、あの!」
「なに?」
「もう一度お願いしますわ」
「なんでよ!」
「そ、その、録音し忘れましたの」
「しないでいいよ、そんなの」
なんてことしようとしてるんだ、この子。危ない、一生物の黒歴史製造するところだった。
「ゆっくり言うだけでもいいですの。どうか、お願いしますわ」
「やだったら、やだよ」
「減るものじゃありませんのに」
「減るよ!」
精神的にダメージがあるんだから。心がすり減ってるんだよ。
「それで、私はなにをしたらいいんですの?」
「そうだった」
本来の目的からだいぶそれていたけど、俺は彼女に用があるんだった。俺がしなきゃいけないことのために、俺がするべきことのために。
「放課後、
「
「ちょっと、先に話しておきたいから」
「お兄さんですわね」
察しよく気づいてくれた彼女は、なにやらどこか納得したような表情をみせる。
「それはつまり、あれですわね」
「よくわかんないけど、あれだよ」
「私のお兄ちゃんを取らないでっ! て、ことですわね」
「それは違うよっ!」
「そうじゃないんですの?」
てっきりそういうものだとばかりと思ってましたわ、なんてことを言いながらわからないという表情をしてる。
いや、逆に今の流れでそうなると思ったんだよ。
アニメとか、漫画の世界の妹の位置付けってそんなもんだったりするけど。
これはそんな
「それじゃ、なんで、いえ、そんなことを聞くのは違いますわね」
「聞かないの?」
「聞いて欲しいんですの?」
「いや、それは、そうだけど、気になるじゃん、普通」
「そうですわね、でも、友人の頼みとあらばそんなの関係ありませんわ」
「友人」
「そうですわ。友人が困ってるなら助ける、そうではなくて?」
その言葉はとてもよく聞こえた。正しくて強い、イジメられていた過去があるだなんて思えない、まさに正義。
いや、もしかしたら彼女はその正義故に……。
「人には誰しも触れられたくないことの一つや二つあるのは当然ですわ。
「そっか」
「聞かれたいなら別ですわよ」
「だから違うって」
「わかりましたわ」
「ありがとう」
「それじゃ、行きますわよ」
ここまでお膳立てされてるんだ。しっかり、しなきゃ。
そんなことを思いながら、彼女の後ろをついていくのだった。
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