閑話 ドMスクランブル(前編)
そしてあの日と同じように、ほどなくして彼女は現れた。
そんな彼女に、俺は意を決して声をかける。
「
ぎこちないかも知れないが、俺は言い切った。けど、
彼女は絶句していた。
まるで、鳩が豆鉄砲を食ったように。
言葉を失い、ただただ固まっている。
「最っ高っです!! この、クール系の見た目をしてるのに、声は萌系、そして、内容がまたクール系を装ってるところが、もう! もう! もう! ギャップとギャップのユニゾンです!」
「なに言ってるのかさっぱりわからない」
とりあえず、喜んでくれてるのはわかる。頑張ったかいがあった。
「私が求めていたのは、その声なんです!」
「喜んでくれたならよかった」
「それで、その、できれば私のことは
一気に距離詰められた。俺、こういうの苦手なんだよ。
今まで女子と会話してても、そんなことにはなってないし。
「その、変なとこに『さん』さえつけなければお好きに」
「尊死ッ!」
そう言うと
思わず助けに、支えに入る。
すると、思わず手が伸びたからか、不幸中の不幸か、
ただ、それも一瞬のこと。
「ああ、えっと、ごめん!」
「いえ、女の子同士なわけですし、気にしていませんよ」
そう言って微笑む彼女が眩しい。目が焼ける。
だって、俺は男なんだから。辛い。嬉しいけど辛い。
そんなわけで、彼女から視線を外した結果、変なものが目に映った。変なというか不自然なもの。
「ここって
「あっ、かっ、がっ、
いや、ごめんというか、なにその反応。全然理解できないよ。なに言ってるのか、全くわからんよ。
「ああ、そうではないですね。えっと、ええ、この部屋は私のお部屋ですけど、どうかしましたか?」
「いや、えっと、これは言っていいのかな?」
「なんでも言ってください」
「そこに首輪があってね」
俺の指差す先。俺が見た変なもの。
それは正しく、
それも、犬につけるようの。
「えっと、その、それは……」
見つけてしまったから。本人がいいと言ったから。俺は頭の中で自己暗示をかけまくっていた。
けど、それでも俺はどこか冷静で、なんとなく悪い気はしなかった。
だって、目の前には俺の何倍も、いや、何十倍も慌てふためいてるお嬢様がおらっしゃるのだから!
「お嬢様、その、あちらの首輪は一体?」
「お願いだからメイドの真似事をするのはお辞めになって!? いろいろ体によくなくってよ」
「あら、お嬢様。お口ではやめろとおっしゃられておりますが、私がメイドの真似事をして、悦んでいらっしゃるではありませんか」
もちろん、何もしてない。やめろと言われたメイドの真似事を続行してるだけ。
それに、本気で嫌がってないというより、ガチで喜んでる。その理由は言うまでもないし、聞きく必要もない。まあ、聞くけど。
「いえ、別にこれはそういうわけではありませんのよ。悦んでるわけではありませんの! 信じてくださいな!」
「それより、今までの喋り方と違うけどどうして?」
「世俗のお嬢様ってこんな感じなのではありませんか?」
なんの因果関係があるのかは知らないし、どんな本を読んでいたのかはわからないけど、ある漫画で読んだお嬢様というのがそういう感じだったから、それになりきりたいのだという。本人がそれを望むというならそれでいいのだろう。
ほんと、どこの二次元作品なのかは知らないけど、首輪が関係してるのは確かだ。
「それで、お嬢様。あちらの首輪は一体なんなのでしょうか? 犬でも飼っていらっしゃったのですか?」
「そうわけではありませんの。そ、それより、なにか楽しいお遊びをしませんこと? ほら、ここに転落ゲームがありまして、このゲームしたことあるかしら? とっても面白いんですのよ!」
「露骨に話を逸らされておりますが、それをして負けたら教えて頂けるということですか?」
「ああぁぁぁ! もう、わかりましたわ。それなら、このゲームで私に勝っても負けても教えてさしあげますわ。ただ、負けた場合は私の望みを叶えてくださいな」
「それ、私が戦う意味ある?」
「そうですわね……」
勝っても負けても教えてもらえるのに戦うアホおらんしな。なんなら普通に教えてくれよとか思うしな。
まあ、望みを叶えるってのがポイントになるのだけはわかった。わかりたくないけど。
いや、ここはわかってもいいのか、別に。
「今度、特別に
「いらな! それ、私が
「そ、そうですわよね……。それでしたら、そうですわね、私を好きにできるというのも──」
「いいの!! ほんとに!?」
「えっ? あー、まあ、はい。ですが、ほんとにそんなことでよくって?」
そんなことって。最高じゃねぇーか。女の子同士だからっていう眩しい笑顔を見ずに、あれこれできるならそれほどいいことなんてない。
「うん。いいからいいから。それじゃ、その、転落ゲーム? ってのをしよ」
そんなわけで、俺達は転落ゲームをすることになったのだった。
☆★☆★☆
「こ、これで、私の勝利でしてよ!」
そんな声が、部屋中に響き渡った。
俺はなんとも言えない感情が体を巡っている。
久しぶりに感じたその感情の名は、そう、悔しい。
ゲームに負けて、俺は少し悔しかった。
「それにしても、初めてやるわりには中々の強さでしたわよ」
「それで、あの首輪はなにに使うの?」
未だにポツンと置かれた犬につける用の首輪を指差しながら言う。
こんなことのためにこのゲームをしてたのかと思うと、自分が馬鹿らしく思える。
「そ、そうでしたわね。その、話の前に望みなのですけど、あれがなにか知っても、友達でいてもらえるかしら?」
そう言われて、悔しさなんてものはどこかに消えた。
だって──
「そんなこと聞かなくても、大丈夫。一度ゲームしたんだから、なにがあっても友達だよ。だから、そんなのは望みなんかじゃない。他になんかない?」
「
そう言いながら、彼女はそれを自分につける。そして、どこから出したのか、いや、クローゼットの中にあったんだろうけど、犬に付けるリードを持ってきて、こう言った。
「あの、じつは私、ど、ドM、でして、その、望み、なんですけど、私の飼い主に、ひいてはご主人様と、なって、私のことを、調教して、ほしい、です」
自信なさそうな、そして、不安そうな彼女の顔を見ながら、俺はこんなことを思う。
思ってたのと違う。
えっ? 飼い主? ご主人様? それって、永遠というか、一日で終わるようなそれじゃないよね?
俺はてっきり、今日限りでいいので虐めてください! 的なのだと思ってたよ。重いよ。その想い、重いよ。おもいだけに。
いや、そんなことじゃなくて、えっ? これ、どうすんの?
断りづらいんですけど?
瞳もうるうるさせてるし。犬か! いや、ペットではあるんだろうけども。
いや、待てよ。俺の理想を叶える上では、悪い話ではないの、か?
「はぁ……。わかった。いいよ。飼い主でもご主人様でもなったあげる」
「ほんとにいいんですの! わ、私のことをご主人様の色で染め上げて頂けるんですのね!」
「はいはい、そのとおりだよー」
なんだか、厄介事になりそうな気はしなくもないけど、そういった諸々は全て、未来の自分に託すとしよう。もうそういうの考えるのも面倒臭い。
「それで、
「な、なんですの?」
「どうして、リードも一緒に持ってきたの?」
俺は、ニコッとした笑顔でそう言った。
少し首を傾げながら。
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