三十八話 夕日
見れば見るほど見事なまでに広がる盗撮の数々。一体何枚あるのだろうか。そんなことは考えたくもないが、それが単なる現実逃避でしかないことはわかってる。
なぜなら、この盗撮が消えるわけではないから。
全件選択したそれを見ながらどうしてやろうか考える。しかし、なぜか、いや、案の定と言うべきか、彼女はワクワクとしてそうなことがニコニコな彼女の表情から読み取れる。
「はぁ」
思わずため息が出てしまう。けど、その写真の中から不自然なものを一つ見つける。
それは、妹と一緒にトイレに入った、体育を次に控えたときの写真。そのとき、その場には誰もいなかったはず。トイレの窓が開いていたかまではさすがに覚えてないけど、彼女も着替えがあるのであればその写真を撮ることはできない。
つまり、協力者がいる?
「ねぇ、
「は、はい」
「この写真なんだけど、これ撮ったの
「えっ? あー、そうですわね」
「誰が撮ったの?」
「知りませんわ」
「知らない?」
彼女の様子からはしらばっくれようとしてる感じはしない。本当に知らない、誰なのかはわからないといった様子だ。
「じゃあ、どうしたの?」
「フードを深く被った方が話しかけてきましたの」
「その人の名は?」
「知りませんわ。ただ、その人が
「そんな得体の知れないものもらわないでよ」
非常に気持ちの悪い話ではあるが、この話をしたことでこれ以上の進展はないだろう。彼女がここで噓をつく
だいたい、彼女は噓が下手だ。これは俺が勝手に思ってるだけだが、彼女はきっと素直な人間なのだろう。ドMでさえなければ、まさに誰もが羨む美少女にして委員長だったに違いない。ほんと、なんで覚醒しちゃったのかな。
「それじゃ、この中から五枚写真を選んで」
「鬼ですわ」
「いや、真顔で言わないでよ。怖いよ」
五枚だけでも残していいよと言うのだから、この慈悲深い心に感謝してほしい。それに、基本的に写真を撮るのが下手なのかブレブレだったりする。そこにたまに写る奇跡の一枚。ざっと数えてもそれは五枚ほどしかなかった。
「あの、これはさすがに消す写真に数えませんわよね?」
そう言って
「まあ、いいけど。あ、フードの子の性別どっちだった?」
「たぶん女子だと思いますけど、なんでですの? まさか──!?」
「
なにを想像したのかはわからないけど、どうせ下らないことだ。キッパリ切って問題ないだろう。
「なんで女の子だと思ったの?」
「背が低かったからですわね。声は中性的でしたけど」
中性的な声の背が低い子。まあ、普通に考えて女子の線で考えて間違いないだろう。
「写真、五枚選びましたわ」
「んっ」
「なんですの?」
「他の写真消すんだから渡して。
「そうですけど、信用されてないのはあんまりですわ」
「消さない方を信用してるんだよ」
「嬉しくありませんわー!」
それから、彼女はなんの抵抗もすることなく、スマホをこちらに渡してくれる。
受け取ると、そこには五枚の写真と、もう一枚の写真が選択されている。
「いや、なんでこんな手ブレでピントのぼけた写真が二枚も入ってるの」
「? それは私の撮った写真だからですわ」
「他にピントのいい写真が、ほら!!」
そう言って手元のスマホを彼女に見せつける。どう考えたってこっちのがいいはずなのに、なんでこんな写真を選ぶのか。それに、どうせ残るなら俺だって変な写真よりもちゃんと写ってる、見た人がかわいいと思えるような写真にしてほしい。
「それは、その、私が撮った写真じゃないんですの」
「? どういうこと?」
「実は、私は写真を撮るのが下手なんですわ」
「これだけの写真のほとんどがピンボケしてればさすがにわかるよ」
数えるのも億劫になるような写真の数だ。だからこそ、ピンボケしてない写真は奇跡の一枚、これぐらいの数撮ったら、こんなもんは綺麗に撮れるよね、という下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという話だ。
それなのに彼女はなにを言っているんだ。彼女が撮った写真じゃない?
「その、他の人に撮ってもらった写真なんですの」
「他の人?」
「ちょっと近くにいた人に声をかけて一枚、二枚、という感じですわ」
「なんでその人写真撮ってくれちゃってるわけ」
「基本的には断られましたわ。だから撮ってくれたのは男の人が二人だった気がしますわね」
「煩悩っ!!」
怪しすぎるだろ。てか、そんなことしてたからそこの隙を狙われたわけか。
「もう、盗撮はやめてね」
「はい。これからは堂々と撮ることにしますわ」
「そういうこじゃないんだけど……」
まあ、いいか。そう思いながら、彼女が選択した五枚の写真を残して他の写真だけを消すことにする。でも、ほんとにこれだけの写真を撮るなんて、一体どれだけ彼女は俺のことを……。
「私の秘密がまた一つ暴かれてしまいましたわ」
「そう言えば、聞きたいことがあったんだった」
「聞きたいこと? なんですの?」
「
「えっ……」
彼女は絶句した。それは表情からも読み取れた。一瞬にして彼女の感情は無に落ちたからだ。
このことを直接聞きたいと思っていた。あの日、あの人から聞いていらい。でも、聞く機会がなかった。いや、聞くのをためらっていた。
彼女からなにを語られても俺は、リアクションの困るとわかっていたから。
それでも、彼女の口から直接聞かなきゃいけない、そう思っていた。そうじゃないと、彼女を知ることができないと思ったから。
「前にそう聞いて、
「そう、なんですの」
「でもね、勇気が足りなかった」
「ならなんで、ですの?」
「今だと思ったから」
単なる直感だった。そんな気がする。今だと思うという。夕日が今日の終わりを告げている。全てがうやむやに消える時間。
「いずれお話いたしますわ」
「いずれ、か」
「ええ、だって今日はもう時間がないですもの」
彼女がそう言うのを聞きながら、操作を終えたスマホを返す。彼女とはそこで別れた。そのまま俺も帰宅したのだった。
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