三十九話 日常
家に帰った俺を出迎えたのは、物音一つない電気の消えた我が家だった。
ふと、放課後に妹と話したことがフラッシュバックする。そして、思わず好きだとかほざいてしまったことも。あの場での好きなんて一つしかない。というか、そう受け取る以外になにもないだろう。
そんなことを考えてると、顔が真っ赤になって火照っているのを感じる。手を頬につけ、ひんやりとした感触を感じながら自室へと向かう。電気一つつけずとも、簡単に向かうことができる。
部屋の前まで来て、なんの気なしに扉に手をかけ、部屋に入る。すると、部屋の中からガサゴソという物音が聞こえてくる。
一体なんの音か、そう思って電気をつけると、明るく照らされた部屋のど真ん中にいたのは妹だった。
「び、びっくりした」
てっきり帰って来てないものだと思ってただけに、普通に驚きを隠せない。
「え? あ、にぃ……」
そこで、妹もあのときのことが脳裏によぎったのか、顔が真っ赤に、はならなかった。にんまりとした嫌な顔をする。
「にぃって、ほんとシスコンだよね」
「うっせぇ」
「にぃ、言葉遣い」
「もう家なんだしいいだろ」
ジト目で俺を見つめる妹。どうやら妹様は家でもその姿の時は気にして欲しいものらしい。
「それで、なんでお前が俺の部屋にいるんだ?」
「いや、ちょっと探し物をね」
「電気もつけずに?」
「うっ」
「上しか着てない状態で」
「そ、それは単に着替えるのがめんどくさかっただけ! どんなに完全無欠の美少女の妹ちゃんでもそういう日があるんですよ」
「微少女」
ボソッとつぶやいた俺は、言いながら笑ってしまう。自分で自分のことを美少女って言っちゃうのか。まあ、実際かわいいのは事実だし、美少女というのを否定するつもりもない。
大体、顔もかわいいからアイドル声優として実力も、人気も伸ばしてるわけなんだろうし。
「こら、なに
「いや、別に」
なにを勘違いしたのか、妹はその場に立ち上がると、クルリと一回りしてみせる。
「ほれ、ちょっとダボッとしたオーバーな服を着てるでしょ?」
「それがどうしたの?」
「こういうのも部屋着なわけですよ。わかった、にぃ?」
「え、あー、うん」
「わかればよろしい」
そう言って満足気にうんうん頷く。そのままの勢いよろしく、妹は部屋を出て行ってしまう。
結局、なにをしていたのかはわからないままだ。まあ、別に問いただすようなことでもないだろう。はぐらかされた以上、どうせ碌なことでもない、やましいことに決まってる。
そう俺の中で結論づけた俺は、一息つくように「はぁ」とため息をこぼすと、制服に手をかけることにする。
今となってはもう慣れたものだ。スカートのファスナーを下ろして、そのままパサッとスカートを落とす。妹が見たらもっと丁寧にとか、そんなお小言をこぼすのかも知れないけど。
そうして上も脱ぎ、化粧を落として初めて解放されたような感覚を覚える。実際、女装という姿からは解放されてるわけだし、あながちそれも間違いではないんだろうけど。
「にぃ、そろそろご飯できるよー」
タイミングよく妹からそんな呼び出しがかかる。なんてことない日常だ。あんなことがあったというのに、相変わらずのまま接してくれる。まあ、女装することになったきっかけを考えてみれば、それも普通なのかも知れない。
けど、心の中でどこか壊れるんじゃないかって思ってる自分がいた。直接言葉にしないと伝わらないことがあるとよく言うが、それは逆に直接言葉にしたからこそ気づき、伝わってしまうことがあるとも言える。妹はアイドル声優という立場だ。それを考えれば普段からどれだけの言葉をかけられてるのか、どれだけの思いを背負って舞台に立っているのか、俺には計り知れない。理解できなくて当然だ。
だって、俺は逃げてしまったのだから。なにもかもから。それが、クズである俺という人間なんだ。
「にぃ、まだ? もうご飯できたんですけど」
「あぁ、今行く」
妹から再度言われてしまったために、俺は妹の待つリビングに向かうことにする。
食卓には、すでに料理が並んでいた。ただ──
「なあ、なんでこう、失敗してるというか……」
「うっさいよ、にぃ」
そう、食卓には少し焦げたハンバーグ、そして一見普通の見た目のみそ汁と、サラダが並んでいる。しかし、みそ汁に口をつけると妙に甘いし、サラダにはドレッシングがかかってなかったりと、普段はみないような失敗をしている。
「なぁ……」
「あー、聞こえなーい」
「なんでだよ」
「ろくに料理もしないにぃが文句とか言うな」
「いや、まあ、はい」
料理に失敗したこは気にしてるのか、どこかすねた返答しか得られない。普段は見ることないだけに、ちょっと新鮮ではあるが、いたって普通。俺は食材に罪はないと思いながら、普通に食した。それからも、なんら代わり映えのない日常を過ごし、一日を終えたのだった。
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